韓国への戦術核再配備論議

「韓国への戦術核再配備論議、日本の右派を刺激」
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版/2012/05/14/チョン・ヒョンソク記者

橋下大阪市長「強い日本をつくるため、核武装が必要」
「非核3原則」守るも、プルトニウム50トン保有

米国の戦術核が韓国に再び配備された場合、日本が核武装するための大義名分を与えかねないと懸念する声が出ている。

日本は憲法で「戦争と武力行使の放棄」を定めている。1968年1月には「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という「非核3原則」を発表し、これを守ってきた。日本が数千個の核兵器を製造できる約50トンのプルトニウムを保有しながら、核開発に着手しないのはそのためだ。

ところが最近、日本の非核政策に変化が表れ始めた。次世代の政治指導者として頭角を現している橋下徹・大阪市長は「強い日本をつくるためには核武装が必要だ」と主張している。また、日本の代表的な右翼政治家、石原慎太郎・東京都知事も日本の核武装を強く求めてきた。石原知事は今年1月のインタビューで「(結成を推進している)新党への参加は、核兵器の模擬実験の実施を提唱することが条件だ。それが駄目なら、スーパーコンピューターを通じてでも模擬実験ができるようにすべきだ」と語った。右派政党の支持率の上昇を意識した自民党などでも、憲法改正論議が活発に行われている。韓国政府は、米国議会で韓国への戦術核再配備を主張する声が出てきたことが、日本の右派を刺激しかねないとの見方を示している。

<筆者所感>
記事の論点がまことに曖昧な内容である。記者は韓国内に米国の戦術核が再配備されれば日本国内の核武装推進派の行動に勢いをつけると言う論旨なのか?
現在テロ国家北朝鮮の核再実験の危機が高まり、米中ロを含む国際社会もこれは阻止出来ないであろうから早晩北朝鮮は核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを配備するに違いない。

その時に韓国と日本の立場は当然異なってくる。米ソ冷戦後唯一残った分断国家である北朝鮮と韓国は歴史の帰結としていずれ統一される。その時には核武装した統一朝鮮か統一韓国が朝鮮半島に誕生する。

有史以来殆ど中国歴代皇帝に仕えてきた朝鮮民族であるので当然政権は親中政権になるだろう。核武装した覇権国家中国と徹底した半日国家である統一朝鮮に対峙して日本は抑止力である核武装無しにどの様な外交力を発揮出来るのであろうか?

要するに記者は近い将来の核保有国家である統一朝鮮もしくは統一韓国を意識した上で日本の核武装化を牽制しているのであって誠に面はゆいのである。

近い将来政権を取りそうな勢いの橋本大阪市長や石原東京都知事の日本核武装論はそんな極東軍事バランスを考慮した発言であろうし極右政治家などという一括りで片づけられる問題では無い。現在の北朝鮮は極右国家だと言うのか?

とにかく日本の国益を考えればイデオロギーを超越した超党派ですぐにでも憲法改正も含みこの問題の論議を開始すべきである。

幸い記事にもある通り既に充分なプルトニウムは保有しているし、また緻密な衛星打ち上げロケット技術も保有している等技術的要件は全て保有している日本であるので搭載する原子力潜水艦の建造も含めて議論を始めるべきであろう。

とにかく議論を始める事自体が充分な軍事的抑止力を保持することになり、領土問題等も含め極東の厄介な隣国達に対する強力外交戦略の助けになると筆者は考えるのである。

<よろしければポチポチポチっと応援を>


にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

第23話:打たれた犬はしょげかえる

S電子日本研究所時代の話である。我々日本人研究員と親会社であるS電子韓国研究所との様々な研究開発契約のプロジェクト推進マネージャーである韓国人駐在員のk次長は筆者から見ても有能でありまた日本人の情緒から見ても好感の持てる人物であった。

彼は元々韓国本社のTV事業部の技術者で、日本駐在員の社内募集に応募し日本で勤務していた。そんな訳で我々日本研究員が作成した技術プレゼン資料等にも、専門分野は違うが一応理解し、その技術ストーリーに関しても逐一口を挟んで来るのが常だった。

そんなある日、我々は来年度に向けた比較的大きな研究開発プロジェクトの技術ストーリーを検討していた。技術ストーリーはいわゆるシックスシグマの科学的技術課題評価の手法に則って策定する。要するにこれから進める研究開発が投資対効果に見合うものかどうかについて検討し、その策定には集中して行っても3ヶ月間は雄にかかってしまう。策定された資料は上部組織である本社研究所でプレゼンし承認されれば来年度予算が降りるという非常に重要な資料である。

k次長はいつもの通り元技術屋の性分で色々プレゼン資料のたたき台に口を出し、ああでのないこうでもないと言い出したのであった。作成者の私は内容について事前に韓国研究所の当該責任者と打ち合わせしてあったので自信があったのだが、k次長も当日は機嫌が悪かったらしく、最後にはこんな内容では予算も降りっこないし、来年は失業ですねと言い出す始末であった。

一応彼は韓国側への窓口でもあるので、それまでは懇切丁寧に説明していた私もついにキレて「そんなに言うならお前はもう窓口を降りろ、後は直接私がやるからいいよ」とフロアー全員に聞こえる位の大声で怒鳴ってしまった。彼は一瞬困ったような顔をしたが「後は勝手に進めて下さい」と黙ってしまった。どうせ韓国側との折衝に行き詰まり途中で謝って来るだろうと高をくくったようだ。

こうした一件の後、仕方がないので私が直接韓国研究所と数ヶ月間連絡をとりつつ、何とか来年度予算が降りる状況にまでもっていくことができた。その間当然窓口であるk次長のところにも案件絡まりのメールが入るのだが、彼は口もきかずにただメールを転送してくるだけだった。

さて、最終的に本社研究所役員に対するプレゼン日程を決め出張準備中のある日、数ヶ月間無視され口も聞かなかったk次長が神妙な顔でデスクに訪ねて来ると「今度のプレゼンに私も是非参加させて下さい」と頭を下げた。自分抜きで巧くいくはずがないと思っていた彼は面子がつぶれるのを恐れ焦って折れてきたのだろう。「君は日本側窓口なのだから当然参加しなきゃだめだよ」と言う大人の対応に彼はほっとしたような表情でほほえんだ。

彼がいなくてもプレゼンはうまくいくのは判っていたが、彼の日本研究所内での面子をつぶすのは得策でないと思っていたので筆者も一安心したのであった。

その後プレゼンは成功裏に終わり、次年度予算も無事に降りる事となり我々は失業せずにすんだ。またその後筆者が策定した研究開発課題プレゼン案の内容について、k次長が口出しする事は一切なくなった事は言うまでもない。

話は変わるが、最近の韓国は官民マスコミ問わずまるでよく吠えるストーカー犬のように日本のあらゆる事象に口出ししてくる。竹島教科書問題や戦時売春婦(慰安婦)問題が良い例である。犬の遠吠えと考え無視すればいいのだが、内政干渉もいいところでうるさくて仕方がない。

吠える犬は犬であるから一度したたかに打ち据えて吠えてはいけない事を体をもって教える必要がある。よく切れる刀も一度抜いて見てこそ持っている価値があると近頃筆者は思うのである。

<よろしければポチポチポチっと応援を>


にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

テーマ : 研究者の生活
ジャンル : 学問・文化・芸術

裏窓


浅川マキ : ウィキペディア転載
石川県石川郡美川町(現:白山市)出身。石川県立金沢二水高等学校卒業。町役場で国民年金窓口係の職に就くも程なくして上京する。マヘリア・ジャクソンやビリー・ホリデイのようなスタイルを指向し、米軍キャンプやキャバレーなどで歌手として活動を始める。
1967年にビクターからEP「東京挽歌/アーメン・ジロー」を発表するも本人と事務所の音楽的指針に大きな乖離があり、当時の出来事がその後の活動に影響を与えた。
1968年、寺山修司に見出され新宿のアンダー・グラウンド・シアター「蠍座」で初のワンマン公演を三日間に渡り催行、口コミで徐々に知名度が上がる。やがて東芝音楽工業株式会社(現:EMIミュージック・ジャパン)に移籍、1969年7月1日、EXPRESS-レーベルより「夜が明けたら/かもめ」で正式にレコード・デビュー。以後移籍することなく1998年まで作品を発表しつつステージを主体に音楽活動を行う。特に池袋「文芸坐ル・ピリエ」で1997年まで催行した大晦日連続定期公演は有名である。
CDの音質に対して懐疑的であったため、1998年より新譜を発表していないが、2000年以降はジャズ・クラブ「新宿 PIT INN」を本拠地として定期公演を再開。2000年3月26日から11月26日の「新宿PIT INN」では、『毎月・最終の日曜日 浅川マキを聴く』と題し、アカペラによる公演を行った(全9日、昼夜2回。計18公演)。
「渇いたブルースをうたわせたら右に出る者はいない」と言われ、ジャズ、ブルースやフォークソングを独自の解釈で歌唱した。
2010年1月17日、ライブ公演で愛知県名古屋市に滞在中、宿泊先ホテルで倒れていたところを発見され、搬送された病院で死亡が確認された。67歳没。愛知県警中警察署によると、死因は急性心不全とみられる。
2010年3月4日、「新宿PIT INN」にてお別れの会『浅川マキ「こんな風に過ぎて行くのなら・浅川マキがサヨナラを云う日」』が催行された。ここでは真赤なバラの花の献花台とメッセージ・ボックスが用意され、彼女の生前の作品が流された。

<筆者評>
作詩:寺山修司、曲:浅川マキの「裏窓」は数ある作品の中でも特にお気に入りです。若い頃からライブには良く顔を出し近年は遠ざかっていましたが、一昨年の訃報を知り聞きなおしてみると彼女の独特な感性に引き込まれます。解説にもありますように彼女のノンビブラートの乾いたブルースは時の流れを超え筆者の心をかきむしります。

<よろしければポチポチポチっと応援を>


にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

A SONG FOR YOU


A SONG FOR YOU - Leon Russell & Friends (1971)

レオン・ラッセル(Leon Russell) : ウィキペディア転載
レオン・ラッセル(Leon Russell、本名Claude Russell Bridges、1942年4月2日~)はアメリカのシンガーソングライター、ミュージシャン。

オクラホマ州出身。十代の頃からキーボーディストとして活動を始め、同郷のデヴィッド・ゲイツ(後のブレッドのメンバー)等とバンドを組む。以降ジェリー・リー・ルイス、ローリング・ストーンズら多くのアーティスト、フィル・スペクターのプロデュース作品のレコーディングに参加している。意外な所では、ザ・ベンチャーズのレコーディングの参加が知られている。「十番街の殺人」のサックスソロ(サックス音をレズリースピーカーから出す)、「朝日のあたる家」等で聴く事が出来るオルガンソロは、彼が弾いたものである。後にザ・ベンチャーズ(ロックの殿堂入り)のリードギタリスト、ノーキー・エドワーズがソロアルバム「Nokie!」をリリースした際にはライナーノーツを執筆、ノーキーやベンチャーズの音楽性の素晴らしさを力説している。

ソロ・アーティストとしては1968年から現在に至るまで数多くのアルバムを発表、ルーツ・ミュージックの色が濃い泥臭い音楽性は高い評価を受けている。それは、アメリカ南部出身のミュージシャンによって、ロサンゼルスで爆発した。ラッセルのロック・ミュージックはロサンゼルス産でありながら、”スワンプ・ロック”という呼称が与えられ、彼こそが、スワンプ・ロックのカリスマであった。彼の代表曲である『ソング・フォー・ユー』は1970年の作で、レイ・チャールズ、カーペンターズなどにカバーされた。この頃、スワンプ・ロックは、エリック・クラプトンにも大きな影響を与え、アルバムに参加したばかりではなく、彼のバンドから、ベースのカール・レイドルやドラムのジェイミー・オルティカー、その他、ディック・シムズ、マーシー・レヴィを引き抜いている。1979年の日本公演でアルバム化されたクラプトンの「ジャスト・ワン・ナイト」では、ラッセルの代表作『ソング・フォー・ユー』のピアノの降下音の完全コピーで演奏を開始して、その音楽的起源を披露している。他にも『タイト・ロープ』、『スーパースター』、『マスカレード』など、カバーされた作品は多い。

<筆者評>

とにかく筆者お気に入りの一曲です。カラオケで歌う十八番でもあります。
日本ではポップにアレンジされたカーペンターズのカバーの方が有名かも知れません。
そういえばあの頃 レイバン のサングラスがはやっていましたね~。私もかっこつけて吉祥寺のデパートで購入しましたよ。当時で2万5千円位した記憶がありますが考えてみると現在の貨幣価値からするとかなり高額な買い物だったのですね。但し40年経った今も使える形で家のどこかで眠っています。
年月を経ても良い物は良いですね!


<よろしければポチポチポチっと応援を>


にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

韓国サムスンが日本人技術者引き抜き加速

韓国サムスンが日本人技術者引き抜き加速、人材戦略弱い国内勢 [4月23日ロイター記事]

原文抜粋 
韓国サムスングループが日本人技術者の引き抜き攻勢を強めている。巨額の赤字に苦しむ国内電機各社による事業縮小と人員削減。開発環境や処遇が悪化すれば優秀な技術者が自ら会社を離れても不思議はない。日本が先行する技術が人材とともに流出すれば、大きな競争力格差が生じかねず、逆境の今こそ持ち前の技術をビジネスに活かす人材戦略が必要だ。
<年収10倍の提示も>
‐中略‐
ある技術者に提示されたサムスンの処遇はこうだ。役職は取締役。年収は6000万~1億円で、契約期間は3~5年。年収とは別に、転職に伴う契約金が数千万円支払われる。専属秘書と運転手付きの車が支給されるほか、30坪超の家具付きマンションが無償貸与される。日本への帰省費用、家族の韓国への招待等も会社が実費負担する。
‐中略‐
<日本技術を研究、独自に発展>
‐中略‐
ただサムスンは現在でも多大な時間とコストを要する「開発設計(科学技術の開発)には力を入れておらず、その部分は先行メーカーをキャッチアップすることで補っている」(吉川氏)。何年もかけて生まれた新技術でも製品化されるものは少なく効率が悪いためだ。日本企業の開発設計レベルは高く、ここに日本人技術者が必要とされる意味がある。技術者1人を引き抜いても開発が進まないことも多いため、開発チーム丸ごとを引き抜くケースもあるという。ロイターはサムスン側に同社の人材引き抜き戦略について問い合わせたが、広報担当者はコメントを控えている。
<次の10年を生き抜く種>
‐中略‐
一方、サムスンでは、すでに年収アップを狙う転職者も現れている。実際、韓国では転職者による技術流出が今月発覚した。現地の警察当局は5日、サムスンの有機EL技術を流出した疑いで、LGディスプレーに転職した元サムスンモバイルディスプレー研究員の逮捕状を請求した。中国企業に同技術の製造工程に関する極秘資料を提供した疑いだ。有機EL技術はテレビなどに使われる次世代ディスプレーとしてサムスンが強化している。吉川氏は、転職者が増えているサムスンが「10年後、生き残っているかどうかわからない」と危惧する。関係者の間では、サムスンの日本人技術者引き抜きにはそうした事情もあるとみられている。
<手薄な日本勢の人材戦略>
‐中略‐
先のヘッドハンターは、「その場しのぎのリストラは自らの首を絞めかねない。やむを得ず手放す技術者でも、せめてグループ内の子会社やサプライヤーに再配置するなど自社に利益を還元できる場への移籍にとどめるべきではないか」と話す。経済産業省・知的財産政策室の石塚康志室長は「今は自分たちに必要なくても、競合にとって価値ある技術を持つ人材かどうかを分析するなど、日本企業は目に見えない人的資産の棚卸をもっと緻密にすべきだ」と指摘する。
‐中略‐

<筆者所感>

携帯電話を例にとって見ると2000年代初頭はサムスン製携帯電話に使用される部品コストの約70%は日本の部品会社が供給していた。従って当時はサムスンが携帯電話を売れば売るほど日本の部品会社が潤うと言うビジネス構図だった様に記憶している。また携帯外装プラスティックの金型技術等も稚拙で相当な部分を日本メーカーに頼っていた様だ。また当時例えばCDMA方式の携帯電話では莫大な特許使用料を米国のクァルコム社などに支払っていた。

当然携帯電話事業の世界的コスト競争に勝ち抜くために、日米に押えられている主要部品、金型技術、特許等の韓国グループ内での製造調達が模索される訳で、当時から躍起になってグループ内内製化を推し進めた結果、現在ノキアを凌ぐマーケットシェアまで成長したのであろう。

ただし部品を高品質で安定供給する為には、その製造設備があれば良いと言うだけでなく、所謂製造技術者のノウハウの蓄積が重要で、韓国人技術者が見よう見まねで一朝一夕でできるものでは無い。サムスンは記事の通り、日本人技術者を高額の報酬で一本釣りし、高額でそのノウハウを買うと言う戦略で成功したのだろう。韓国人技術者に技術課題を任せ結論を出すまでに3年も掛かれば首になるというせっかちな気質では、韓国人技術屋が地道にノウハウを積み上げる事は不可能であるからである。

最近の例ではLTCCと言うキャパシターを製造するグループ内企業に日本のM社から製造管理責任技術者以下複数人が引き抜かれたという話は余りにも有名だ。噂では責任者ハンティングに億以上の金が動いたそうである。その後そのグループ会社のLTCC製造ラインは不良率が激減し大変な成功を収めたそうだ。

もちろん人材流出したM社は今後ビジネス上の大きな痛手を被るだろうし、大金を手にした技術者たちもノウハウが韓国人技術者たちの手に渡った後の苦労は予想されるが、自由経済社会では良くある話だ。ただし日本人と言う括りでみればM社もM社を捨てた技術者たちにも良い話では無い。

サムスン電子自体からも近年中国企業への人材流出と技術持出が良く話題になるが、韓国自体では核心技術(何が核心か判らないが)の中国流出と競合企業への転職を法規制していて一定の歯止めをかけている。これは韓国自体が自分たちの性悪説を良く理解した法律の箍であるのであろう。日本においては当該法規制も無く長期不況も相まって正に現在は草刈り場の様な状況なのだろう。

日本人技術屋本人から見れば、個人の生活や老後の心配もあるであろうから、一番高く自分の技術を買ってくれる企業に転職することは本人の自由であるのでやぶさかでは無いが、彼らが欲しいのは将来的にどれほど能力があるかではなく、現在彼が持っている技術である事を肝に銘じ振舞った方が良い。

旧来の日本では基本的に終身雇用制であり技術屋も給料は安いが安定して働けて将来への展望も描け、金だけでは無い企業忠誠心、さらに世界経済をけん引していた頃の「日本のプライド」もあったのだろうが、庇を貸して母屋を取られた現状を見るにつけ、今後の日本再生へ向け、中韓両国との経済活動に関しては従来の「お人よし日本人」的な付き合い方を見直す官民一体となった強力な施策が必要な時期ではないだろうか?

<よろしければポチポチポチっと応援を>


にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

テーマ : 研究者の生活
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

RFD-Lab管理人

Author:RFD-Lab管理人
―――――――――――――
通信機器の高周波回路・部品の研究開発に携わって来た技術屋のブログです。この十数年間は韓国系電子機器メーカの日本研究所に勤務し現在は退職し、個人経営の技術コンサルタントを営んでおります。
​―――――――――――――
長い技術屋生活の中で、最後に勤務した韓国系企業での仕事を通しての数々のエピソードは印象的であり、またそれを通して隣国、韓国の人情・社会通念・日本人に対する見方等が見えてきたような気がします。
―――――――――――――
​そんなわけで、数々のエピソードの中から特に印象的なものを紹介し今後仕事上で韓国と関わる必要があるみなさんの御参考になれば幸いです。
―――――――――――――
またRFD-Labホームページに掲載した技術解説記事のPDF抜粋も併せて掲載しますのでご興味のある皆さんは参照して下さい。

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
カテゴリ
最新記事
リンク
お問合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

訪問者(2012年2月15日から)