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図書館でHP記事執筆

今日は昼過ぎから図書館でRFD-Labホームページ用の技術記事を執筆してきました。技術イラストがあるのでいつものデジタルメモの代わりにノートブックPCを背負って歩いたので良い運動になりました。PCは旧式のDELL Inspiron 6400です。

図書館の学習室で受験生に交じっての仕事ですが自宅で行うより集中できるような気がします。ただ当然ネットには接続できませんし、AC電源の使用も禁止となっています。節電の為という張り紙が出ていましたが、異常に多い市職員の天下りと思しき図書館職員を少し整理した方がよっぽど経費節減になるのになあ~と思いつつ仕事をしました。
さらに黄色い腕章をつけた風紀委員のような人物が巡回してくるに至っては呆れてしまうしかありません。

library_01.jpg

最近新しくなった立派な箱もの図書館

Inspironの標準電池パックでは節電モードで3時間程度しか作業できませんので予備の電池パックを購入しようか迷っているところです。ホームページ技術記事追加に伴い、RFD-Labブログでも読める技術記事(PDF)も一部追加しましたので興味のある皆さんはご参照ください。

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テーマ : 仕事の現場
ジャンル : ビジネス

第17話:学歴至上主義

2000年代当初はS電子日本研究所も開設して3年余りでまだまだ韓国本社からの研究開発要請に対して充分な成果はあげられなかった。その原因の一つは人材確保の難しさにあった様だ。

日本研究所も各技術分野別で恒常的に人材募集をしていたのだがなかなか良い人材は集まらなかった。色々な人材募集広告に金をかけていたので応募者は少なくは無いのだが、書類審査の段階で韓国人駐在員のスタッフの審査が入ると、履歴書に記載された出身大学や大学院等でまず審査され振るい落とされてしまう。

旧帝大出身者や大学院出身者は比較的好意的にとらえられるのだがそれ以外は否定的に見る。これが喧伝されている韓国学歴社会かと多少は呆れてしまうのであった。

ある時私の研究室にある応募者が有った。彼の履歴を見ると一流国立大学大学院の出身でしかも工学博士号を持っている。現在はP電気に勤務中でキャリアアップの為転職したいそうだ。駐在員の採用担当者は一時面接前から、こんな立派な経歴ですから是非早く採用しましょうと強力に推薦するのであった。

ただ私には一つだけ気がかりが有った。それは確かにP電気の高周波半導体の研究開発部門で2年位の実績が有るのだが、その後の一年間は特許部門に異動し現在に至っている。まさにその懸念が後日現実になるのだが。

韓国人スタッフの強力な推薦もあったのでとりあえず一時面接しましょうと言うことになり、面接責任者の私は気になっていた事項を尋ねた所、特許に関して勉強したくて自分から異動を志願したと言うことだった。他の専門的なスキルに関してもすべて対応可能であると言うことで採用に至ったのであった。

無事入社に至った彼は早速当時高周波アンプの開発をしていたS専任の元で仕事を始めた。一週間位たったある日、彼のデスクでS専任が大声で彼を叱責している。「君はこの高周波シミュレータは使いこなせると行ったじゃないか?」彼は「私は工学博士なんだからこんなものすぐにできますよ!」と平然としている。訳を聞いてみると、履歴書中に記載してあった高周波開発シミュレータのスキルがデタラメだったと言うことだった。

私は自分が採用した手前、能力が有れば周囲の同僚に教わりつつ一週間も有れば習得するだろうと楽観していたが、彼はソフトメーカの電話サポートを頼りに独学で修得しようとしている様だったが、一ヶ月たってもシミュレータ使用方法に関して格闘中であり肝心のシミュレータを使った研究開発にはいつまでたっても入れなかったのである。

その後彼に別室で事情を聞くと、P電子で高周波IC研究開発部門から特許部門に異動したのは彼の意志では無く、異動させられたのですと告白したのであった。私は彼に君は技術者としての能力が劣る訳では無いだろうが、対人関係で問題が有るのではないか? 研究開発成果も自分個人の自己満足では無く、広く世間を納得させてこそ価値が有るし、その部分の能力が君は不足していると説教したら、まったくその通りP電気でも言われましたと涙目で答えるのであった。

最近大人の発達障害が問題になっているらしい。特に技術者に多いらしいのだが、学力・思考力は全く問題ないのだが対人対応力が小学生程度から全く発達していない一種の病気だそうである。病気であるから専門医が治療すれば比較的簡単に投薬療法で改善するそうである。問題は本人が納得して自分の障害を認めるかである。彼の場合も早く専門医の診療を受け復帰できることを祈るばかりである。

その後彼は試用期間の3ヶ月も経たず自主退職していった。別れ際に彼は「次の応募先から調査が入ったらこの事は内緒にお願いします」と言い残し去って行った。それ位機転がきくならもっとうまくやれるだろうにと多少複雑な気分であった。

韓国人駐在員スタッフも多少は懲りたらしく、技術人材採用に関しては応募者の現在の職場での評判を調査して重視するという我々日本人スタッフの意見を大分取り入れるようになったのである。

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上州赤城山

今日は郊外のスーパーに買い物に行きました。もちろんデジタルメモのポメラを持参し屋上の駐車場で「韓国職場体験記」の記事を一本書きました。校正が終わり次第アップする予定です。
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屋上から上州赤城山が一望でき、思わず写真に収めましたのでアップします。右側の雲がかかっている辺りは日光連山です。冬場の上州は赤城おろしの風が強く、昔養蚕の盛んな頃は葉の落ちた桑畑の土埃を巻き上げ空が黄色く見えたものですが、最近は開発が進みそんなことは無くなりました。

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第16話:味直して!

L電子中央研究所顧問時代の出来事である。L電子とはひと月2週間は韓国研究所勤務で残りは日本で自由時間と言う契であったが、研究所スタッフの日本研究開発機関とのミーティングに同行して案内する事もたびたびあった。ある時チームリーダーのH責任(次長クラス)を案内して大学研究室を訪問したことがあった。

中央線沿線の東京郊外にあるキャンパスで教授と所定のミーティングを済ませるまで案内した私は当日の羽田便で帰国する彼らと別れ帰宅するはずだった。折しも昼食時だったので駅前で何か食べてから分かれようと言う話になり食堂を物色していたところ丁度博多ラーメンの店があり、H責任が食べてみたいと言う。店の前に掲示されているメニューの写真をみてそれぞれの好みで注文した。

私としてはファミリーレストランの類が無難かな~と多少は不安はあったのだが。以前にソウルの有名なロッテホテル内に日本の有名なラーメン店がオープンしたが日本人観光客には評判が良いのだが現地人には味が受け入れられず閑古鳥が鳴いているそうだという話を聞いた事がある。スープのダシは牛肉が多い韓国人には魚介系スープは苦手なのかも知れないと思ったものだ。

さて、ともかく我々はラーメンをすすり始めたの。私には充分に旨い方に属するラーメンだったのだが、H責任は一向に箸が進んでいない。私と目が会うと「しょっぱすぎて食べられません、味を薄めてもらえませんか?」と言うのだった。

もちろん日本人でも一見の店でオーダーしたものが口に合わない事はあるのだが、職人である店の主に味を直せとはなかなか言えないものである。半分食べ残してお代を払って帰るのがせめてもの抗議だ。

仕方なく主人に「彼は外国人なのですみませんが」と事情を説明し、スープを足し薄めてもらうと彼は旨そうに完食した。

韓国には有名な「サムゲタン」や「ソルロンタン」がある。「サムゲタン」は有名だが「ソルロンタン」は骨付き牛肉を煮込んだ白濁スープで細いウドン状の麺が入っている。出される時には味はついて無く添えられた岩塩を適量入れ、他に刻みネギや唐辛子粉で各自の好みの味付けで楽しむ。たいがい添えてあるご飯も一緒に混ぜ食べるのである。「サムゲタン」も同様に塩味は自分で調節する。ちなみに筆者は朝鮮人参の味になじめないせいか、「ソルロンタン」の方が好みである。

考えてみると、日本にはこの様な自分で好みの味に味付けできる料理が無いような気がする。せいぜい町の食堂で、醤油とウスターソースの瓶が添えてあるくらいだ。まして出された料理に醤油をかけて好みに合わせようとしようものなら周囲から露骨に嫌な顔をされる。それは恐らく出される料理は料理人の職人としての「作品」でありその味を自分の好みに直すのは料理人に対し大変失礼な行為であると言う考え方に基づいているのだろう。

「サムゲタン」にしても「ソルロンタン」にしても自分の好みに味付けして食べてくださいというのは食べる側を尊重しての配慮なのか、はたまた今回のH責任の様な人が韓国標準で店の味を決められず仕方なくそうなったのか、未だに筆者は判らないのである。

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第15話:韓国技術者転職事情

S電子の人事制度には日本の国家公務員いわゆるキャリア組に似た人事慣習がある様だ。すなわち同期入社した幹部社員はその後の昇進で基本的には同時期に昇進し昇進レースに破れた社員は自ら身を引かなければならないと言うあの制度である。勝ち続ける社員は良いが負けた社員は家族の生活もあり何とかしなければいけない。

しかしそこはよくしたもので、やはり日本の公務員天下り制度の様な形が在るらしい。例えばS電子に出入りする部品業者等の納入業者にとってはそのような理由で退職する人材は喉から手が出るほど欲しいのである。彼らはS電子内に強力な人脈をもっているうえ退職後S電子を顧客とする事に何のためらいも無い。S電子に残った社員たちもむしろ再就職した彼らを厚遇するような雰囲気さえ見て取れるほどだ。

そんなわけでそうした転職者達のS電子社員達へのロビー営業が夜の町に延々と続くのである。

ただしライバル会社のL社への転職は簡単ではないようだ。昔GSM携帯電話の黎明期にS電子携帯電話開発グループの一つがグループごと開発中の携帯電話設計情報の一切を持ち出してL社に転職しL社のGSM携帯電話事業を立ち上げたという話は余りにも有名である。

それが法律の設立の一端になったかは定かでは無いが、現在の韓国国内では技術者が同一の職種の会社に転職する事を一定期間法律で禁じているらしい。従ってライバル会社へ転職する技術者はダミー会社に一度身を寄せたり、大学の研究室で喪が明けるのを待ったりして一定期間待って転職しているのである。

話は変わるが、日本国内でも退職時には秘密保持誓約書やライバル企業へは一定期間就職しないという誓約書を書かせる会社があるが、退職者に対する一種の恫喝にはなるかもしれないがあまり実質的な効果は無いだろう。

技術者がその会社で重ねた実績や能力はすべてその技術者本人の頭の中にあり、それを持ち出すなと言うことは首をおいていけということに等しいからである。

特にセラミックスや電池等の素材絡まりの電子部品研究開発者の場合などはその傾向が強いだろう。基本的な成分構成は誰でも判るが、特性を決定づける微小成分は全くのノウハウであって研究開発者本人の頭の中にしか無いからである。

何れにしてもどれだけ良い技術者を社内に留めておけるかがその会社の持つ大きな実力となるのであろうし、日本企業で永年こつこつ研究してきた研究技術者を簡単に好待遇で引き抜けるのももう一つの企業の実力と言わざるを得ない。

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第14話:日本人なら良いよ!

ある時私は部下のS君と一緒に仙台にあるT大学の研究室を訪問した。

S君は携帯電話に使用される電子部品の研究開発をする業界では割と有名な工学博士である。今後の新規部品の研究開発課題に関してその筋で著名なT教授と一度ディスカッションして可能であれば産学協同研究開発も視野に入れて進めようと相談しての訪問であった。

T教授は名刺交換すると我々の名刺を見つめ開口一番「韓国の会社とはもう一緒に仕事しませんよ!」と機嫌の悪そうな顔で話し始めた。我々は慌てて理由を質すと次のような訳があると言うのだ。

教授の研究室に韓国人の留学生が来ていて韓国に帰国後S電子に入社したと言う。そこまではよいのだが、その元留学生はS電子入社後に教授の研究室での研究成果を教授に何の理りも無く韓国特許出願してしまった。その後どのようなやり取りが彼もしくはS電子と在ったのかは知らないが、その件に対して凄くご立腹の様子であった。

我々は教授お話を伺い、我々も「他人の物は自分の物」的な韓国人技術者の性癖を存分に思い知らされている手前「ありがちな事だな」と驚かなかったが、このままでは無駄足になりかねなかったので「我々の研究所は日本の会社で研究員もすべて日本人です。日本人の常識で仕事をしています」と必死に日本研究所の研究開発システムを説明し納得していただいた。

技術的な情報交換が終わった後教授は笑いながら大声でこう言ってくれた。

「日本人なら良いよ!」

帰りの新幹線でS君とは「トホホな一日だったな~」とぼやきつつお互いどっと疲れが出たらしく終始無言の二人であった。

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第13話:技術屋服装事情

S電子本社事業部の構内を歩くとさながら大学キャンパスの中にいる様だ。人種も様々で特にインド人・ロシア人が目立つ。最も中国人・日本人・南方系の韓国人は顔つきからは区別出来ないのでしかた無いかも知れない。

彼らの服装は様々でなおかつカジュアルである。特にS社ロゴ入りの作業着を着ない夏場はそれが顕著である。最も日常的に社外の人と会う必要のある、例えば購買部門の社員達はきちっとスーツを着用しているようだ。
また技術部門でも常務クラスはスーツ着用者が多いのは、頻繁に社長、副社長辺りのお偉方に呼び出され報告を求められているからなのかも知れない。部長クラスである首席くらいまでは大抵カジュアルな格好で職場を歩き回っている。

さて、時折S電子グループのクライアントでもあるNTTドコモ等の日本の通信会社との会議に、日本研究所の研究員と一緒に韓国人技術者も来日して参加する場面がある。日本人技術者は普段研究所内で仕事をするときにはカジュアルな格好だが、その時にはなにも言われなくとも一応定番の濃紺かグレイのスーツで出席する様であり、大学かその後勤務した会社での社会人としての常識教育ができているように見える。

しかし韓国人技術者はまるで本社事業所にいるときと同じようなカジュアルな服装で出席する者もいて、日本人研究者から同じ企業グループの一員として恥ずかしいというクレームが出た程だ。

儒教社会の韓国で、社会人としての基本的礼儀に関して若者教育がなされていないのか、または最近の会社の繁栄に傲っているのか、はたまた本人がただのバカなのかは判らないが、昨今の企業の繁栄ぶりを見れば些細な事だが企業イメージの観点から本当にもったいない話である。

話は変わるが、韓国人男性のスーツで一つ気になっているアイテムがある。それは光沢生地の薄いグレーのスーツ・ジャケットで、その光沢から見る限り生地は絹製である。若者は細身のスーツとして、また中高年はゆったりしたジャケットで着られているのを町中でよく見かける。日本ではほとんど見たことが無く、また世界的にもあまり見かけないと認識しているが、あれは韓国人男性固有の美意識なのだろうか?

濃紺のスーツか、濃紺のジャケットにベージュのチノパンが技術屋の服装の定番と決めつけている筆者は「あれ」を着用した技術屋を見ると思わず苦笑してしまうのである。

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第12話:世界最高!

S電子には毎年一回秋頃にグループ内の研究開発部門が一同に会して催される社内展示会がある。社内と言っても相当大がかりで出典する各部署は開催の相当前から準備に余念がない。出展物は一般的な展示会と同じように研究開発試作品のデモンストレーションや開発内容の説明ポスターであり各ブースとも部門の綺麗どころを集めたコンパニオンが華やかに説明する。

また韓国内外の有名教授を招いた技術ワークショップ等も開催され一般参加者がグループ内に限定されるものの例年なかなか盛会であった。展示会期間中にはグループ社長団の視察のイベントもあり優秀展示には表彰もあると言うことで各ブース展示責任者も張り切って出典するのであった。

ある年、展示会の開催スローガンが「世界最高を目指そう!」と言う展示会があった。各ブース責任者は何とか知恵を絞り、自分達の技術水準をアピールする事に必死になった事は言うまでもない。

我々日本研究所もたまたまその年手がけていた新しい通信システムの実証実験システムを世界最初という名目で首尾よく展示出来た。

展示会前日に会場入りして自分達の実験システムを設置し無事動作する事を確認してから、会場を回ってみるとすべてのブースに「世界最高性能!」・「世界最速!」や「世界最初!」のポスター文字が踊っている。

次の日、展示会の開場時刻前に試作システムのウォームアップの為会場入りし暫くすると会場内の照明電球が何個か突然火花を散らし割れたと同時に停電になった。どうやら展示会施設に使用していた体育館の電源容量が足りずに外部電源車も併用していたのだが、何らかの理由で過電圧になっての事らしい。我々は高価な測定器も使っていたので損傷を心配したが、大過はなく一安心したのであった。

展示会は無事始まり、社長団のお偉方も展示品の全てが「世界最高!」なのでさぞかし満足された御様子であった。

我々は「世界最高!」の文字がの乱舞する会場で今朝ほど起きた電源トラブルを思いだし、その技術的ギャップを考えると「なんだかな~」と言う微妙な気分になったのであった。

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第11話:ポシンタン(補身湯)

言わずもがなの犬肉スープである。日本でも戦前までは犬を食す習慣があり特に赤犬の肉がうまいという話があったようだ。

時あるごとに英国の愛犬団体から韓国政府に抗議があるそうだが、ユーチューブ等を見ると豚をペットとして飼っている人もいて、その人達から見れば豚を食うなということになるし、豚肉を食べないイスラム圏の人々が欧米キリスト教圏の人々に豚肉を食うなと抗議した話も聞かない。日本の鯨食に対する抗議もそうだが食文化に対する抗議など全くナンセンスと言うことだろう。

韓国人の友人の話によると犬肉の成分は人肉の成分に非常によく似ていて、特に病後とか疲れている体の疲労回復に効果が在るそうだ。また食用犬は特別に郊外の犬牧場で育てた食用犬を用いるそうである。夏場の暑い時期に日本の土用の丑の日に似たポシンタン記念日が在るそうで、その日になると夜の生活に疲れたダンナの手を引いて奥さんがポシンタンを食べにつれていくそうだ。現在では40~50歳代の男性が好んで食べ、若い世代にはあまり人気がないようである。

さて、L電子中央研究所顧問をしていた夏の暑い日の昼前、秘書役のC代理がやってきて「顧問、今日の昼食は部署全体で外食です。11時半に食堂の送迎バスが来ますから乗ってください」と伝えに来た。何でこの時期のしかも昼食が外食なんだと多少いぶかりながらもバスに乗り十数分、郊外の畑の中にあるとある食堂に到着した。調理場は屋内にあるのだが会食場所は屋外にシートを広げテーブルを並べた広い場所になっていた。もちろん日差しを遮るスダレ状の物が天井に並べられてあり、郊外の田園風景の中涼しい風が吹いていた。

支柱に張ってあるメニューに「ポシンタン」の文字を目ざとく見つけた私は嫌な予感がして「僕はポシンタンは食べないよ! いったい今日の会食は何の会食なんだ!」 とC代理に詰め寄ると「今日は特に暑いから外食です」と訳の分からない説明で質問をはぐらかすのであった。その食堂はいわゆる「タン(湯)」の店で他にも鶏肉の「タン」のメニューもあったので私はそれを頼んだ。

しばらくして「タン」が出来上がり店員が運んで来たのだが、何しろ約30人余りの昼食会であり「タン」は4~5人分づつ大きな鍋に分けられ出てきたため、どれが「ポシンタン」でありどれが「鶏のタン」なのか判らない。これが顧問が頼んだ「鶏のタン」ですよと言われ他の鍋と見比べても見た目は同じではないか!

私が食した「鶏のタン」は結構あっさりしていて美味であった。その後タップリと汗をかき爽快であった上に、何か韓国勤務の疲れが飛んでいったような気がしたのであった。

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第10話:発明者が勝手に増えてます!

S電子日本研究所時代のある日の出来事である。部下のM君が

「主席、特許の発明者が勝手に増えてます」 とあわてて飛んできた。

事情を聞いて見ると、元々我々が日本出願した特許を韓国研究所が韓国出願し、その際に発明人に勝手に彼らの名前を追加して出願してあったのをネットで発見したと言うのだ。

S電子研究所では韓国でも日本でも研究開発の実績として研究論文発表と特許出願をとても重視していた。我々も有効と思われる考案については時間的な優先権を重視し先ず日本で特許出願する事にしていた。その後研究開発成果の一部としてクライアントである韓国研究所に出願権は譲渡される事になっており、韓国研究所側でどの国に出願しようと問題は無い。外国出願された場合は勿論出願の優先権は元々の日本出願の日時が優先される。

問題は出願の発明者名である。発明者欄に記載される名前はその発明考案を実際に成した人物名であり、発明者本人の名誉なのである。発明実施の権利を会社として譲り受けても発明者の名誉は犯してはならないのは常識である。発明が登録されれば発明者本人に立派な証明書を送付してくれる国もある程だ。

おそらく韓国研究所の連中が自分達の実績を水増しする目的で発明者に勝手に自分達の名前を追加したのだろう。百歩譲って、発明者に我々の名前も加えても良いかと頭を下げられれば渋々納得する事もあるが、無断で行うとは厚顔無恥も甚だしいのである。

早速駐在員マネージャーのK次長を呼んで事情説明し、他人の物は自分の物と言う考えは韓国標準なのかと問いただすと、彼は顔を真っ赤にして恥入り早速厳重に抗議するといってくれた。

彼が恥入ったのは同じ韓国人の厚顔無知な行動に恥入ったのかは定かではないし、その後韓国側とどの様なやりとりが有ったのかも定かでは無い。

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第9話:トクト(竹島)はどの国の領土?

L電子中央研究所の技術顧問をしていた時の話である。仕事が終わってから何かの会食があり私が所属するグループ全員が研究所近くの「サムギョプサル」の店に集まった。

ちなみに「サムギョプサル」は豚肉の薄切りの焼き肉で傾斜した鉄板を使い脂身の脂を落としながら焼く。サンチュや胡麻の葉、細切りのネギなどを添えて味噌や塩油をつけて食す。なかなか美味で健康的であるし、また牛肉よりもかなり安価なので若者達の会食などによく利用されている様だ。

さて、てんでに韓国焼酎などを飲みながら宴もたけなわ、若い技術者が二三人集まりこそこそ何か相談をしたと思うとそのうちの一人が少し意地悪そうな目つきで私に話しかけてきた。

「顧問、トクト(竹島)はどの国の領土ですか?」

突然の不躾な質問に少しムッとした私は少し声を張り上げて答えた。

「私は日本人だから竹島(トクト)は日本の領土だと認識している。第二次大戦後、韓国のイ・スンマン(李承晩)大統領が武力で強制占領した日本領土だ。その時には日本の漁民が40人位射殺されたと聞いている」

と堂々と答えた。さらに「領土問題は国家間の問題であり個人の認識とは関係ないだろう」と続けると彼は面目を失いコソコソと他の席に移ってしまったのである。

ホテルに帰り先ほどの不躾な質問を思いだし少し考えて見た。

たとえば日本の職場で同僚に、あなたの信じている宗教は何ですか?とか支持政党は何ですか?等の質問は一般的にしない。なぜならそれは極て個人的な思想信条で、同じ会社の利益を同じ目的とする同僚間では関係ない事柄だからである。寧ろそういった質問は意識的に避けて通るのが常識だといえるだろう。

韓国社会の特質として、国家、社会、企業等に属する個人に全人格的同一性を求める性質があるのかもしれない。最近ネットで見かけるニュースを見ても、日本のバラエティーでよく見かけた女性コメディアンのチョ・ヘリョンの場合が良い例だ。彼女は日本の番組で君が代斉唱場面で拍手をしたという事だけでバッシングを受け国民(?)に謝罪し活動自粛に追い込まれた。また同様にkポップ少女グループの一員も日本TV番組で「キムチ」の発音が日本式だったと言うだけで同じくバッシングされ謝罪したと言う。

自分達の社会を構成する全ての個人の思想・信条に同一性を求め些細な失敗を許さない韓国社会とは本当の民主主義国家なのだろうか?

おそらくL電子の彼らは今日の会食で私が同じ職場で働く同僚として「トクト(竹島)は勿論韓国領土です。日本政府はすぐに教科書を改めるべきですよ」と回答するのを期待していたのだろう。

翌日研究所に出勤し、昨日までとは少し違う冷たい視線に背筋が寒くなるのであった。

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第8話:紳士なL首席

S電子日本研究所は韓国本社研究所の傘下にあり主に本社研究所で遂行される研究課題を補完する形で運営されていた。当時本社研究所にはL首席研究員と言う人物がおり、彼の取り計らいで、私の研究室の研究課題の設定に大変お世話になった。彼は本社研究所で新しい通信システムの研究開発を推進するグループリーダーであり、20名近くの部下を抱えて頑張っていた。

さて、L首席はいわゆる紳士であった。物腰や話し方も柔らかく、身なりもいつも品の良い物を身につけ、しゃれたネクタイを締めている。韓国語にも「紳士」はあり「シンサ」と発音する。しかし私の見た彼の紳士ぶりは日本人的に見た紳士そのものであったのだ。そんな訳で彼は部下からの受けもよく信頼されていて私も好きな人物の一人であった。

仁川空港が開港した頃だったと記憶している。ある日私は部下を伴い大韓航空の成田・仁川便に搭乗予定であり出発ロビーで搭乗開始の案内を待っていた。突然誰かが私に声を掛けL首席が近づいて来るではないか。別件で日本企業を訪問して同じ便での帰りと言うことだ。「いやあ偶然ですね」と挨拶を交わして彼と別れた。

確か午後2時頃の便であったと思う。まもなく航空機点検に手間取り少し出発が遅れるとのアナウンスがあったが、我々は一時間程度の遅れは我慢しようとあきらめていた。

次のアナウンスで航空機部品の不具合が発見され羽田から取り寄せ修理後に出発すると言うことになり結局出発は午後9時半頃となってしまったが、我々の予定は明日からの技術打ち合わせなので、今日中に韓国入国できれば上々だと高をくくり読書三昧で時間を過ごした。

航空機修理や搭乗開始を待っている間、搭乗口付近に韓国人と思われる乗客たちが大勢集まり、口々に大声で航空会社職員に詰め寄っているのが見えた。我々は世界各地で韓国人搭乗者が飛行機遅延の度に集団で騒ぐということをニュースで知っていたので、「またか」と言う感じで気にもとめなかった。

飛行機は午後11時半頃無事仁川空港に到着した。この時間ならホテルまではタクシーしかないかと歩き始めたところ、例のL首席がニコニコしながら万ウォン札を握り締め走って来るなり「航空会社から3人分のタクシー代をせしめましたから一緒に行きましょう」と言うではないか。

「紳士」の彼がそんな行動をするなんてと多少動揺し、日本人ならよほどのクレーマーで無い限りそんな行動はしないなあと思いつつ車中の人となったのである。

L首席が取った突然のクレーマーぶりに驚きその夜は多少寝付きが悪かったが、結局L首席はやはり「紳士」ではあるが、本日の彼の行動は彼本人の人格の現れでは無く、韓国人すべてが持つ韓国標準なのだと自分を納得させて眠りに付いたのである。

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第7話:「k次長、韓国語上手ですね!

S電子日本研究所は基本的に韓国本社研究所の傘下にあり運営されていた。しかし研究開発予算は自動的に年間予算として計上される訳ではなく各プロジェクト毎に研究課題提案し承認された上で予算化される仕組みになっていた。従って黙っていても人件費も含め予算は降りないので毎年韓国本社が欲しがる様な研究課題を創出しなければならず私の様な研究室マネージャーは年度末になると十数人の部下の生活も考え胃が痛くなる毎日が続くのであった。

基本的には韓国研究所を研究課題を補完する様な形で日本が得意な技術を日本研究所で実施していく方針で比較的うまく行っていた。韓国研究所傘下には日本以外にも、中国、インド、ロシア、米国等に海外研究所等を抱え、例えばロシア研究所を例にとれば、大学教授クラスの技術者の人件費が当時で年間200万円程度であった事を考えると日本研究所は健闘していたと言えるかも知れない。

さて、韓国研究所との円滑な業務遂行の為には頻繁な技術打ち合わを実施し、研究課題の補完関係を構築する事が重要で当時は最低でも月一回は現地に出張し打ち合わせを実施していた。

ある時k次長も同伴して打ち合わせをしていた時のことである。

まず私が韓国語で技術的な内容について話した後、k次長がプロジェクト全体について話した。打ち合わせはうまく終わり、最後に韓国人の打ち合わせ相手がこう言った。

「k次長、韓国語が上手ですね、どこで習いましたか?」

k次長は一瞬呆気にとられた後照れ笑いをしながら「私韓国人ですから~」その後皆で大笑いしたことは間違いない。

k次長は韓国でも南側の慶尚南道(キョンサンナムド)という所の出身である。韓国南側の地域出身の人には顔つきを見ても日本人と見分けられない人が多い様であるし、韓国でも有名な訛りがあるらしい。ちなみにこの地域は紀元4世紀ころ伽耶国が存在し、伽耶国にはヤマト朝廷の出先機関である伽耶日本府がおかれたと日本書記等にも記され、日本の軍事的、経済的影響力が大きかったと見られているらしい。

その後酒の席でも何度かその話題をすると、決まって照れ笑いを浮かべ、さらに顔を赤らめるk次長であった。

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第6話:日本人嫌いの常務

S電子の技術屋と仕事をしていると日本人(日本企業)嫌いな人間が多い。特に常務クラスの技術役員に日本人嫌いな人間が多い事に気づく。S電子の常務は全体で500人以上いると思われ日本企業で言えば部長クラスと言った所か。年齢的には40代後半から50代前半である。

現在この様な人たちが決定権を握っているので日本の部品会社、素材会社は営業的に苦戦を強いられる。なぜ日本企業嫌いになったかを考えてみると以下の様な事が推察される。

今でこそ例えば携帯電話部品は韓国国内で内製化できる様になり、またS電子自体も世界に冠とする大企業となったが、携帯電話黎明期の十数年前はそうでは無かった。主要部品は殆ど日本企業の供給に頼らざるを得なく、また見方を変えれば完全に部品会社の売り手市場だった。そんな中で当時担当課長クラスの彼らはなんとか日本企業に頭を下げマネージメントし業績を拡大していったのだろう。

韓国内では頂点をなすS電子の従業員は超エリートであり、また部品供給業者は家来だと思っている彼らが家来に頭を下げるなどと言うことは相当の屈辱でありストレスだったのではないか。多分当時の日本業者は、売り手市場でもあり韓国顧客に対し横柄な態度をとった事もあるのではないか。

日本人の感覚からすれば、仕事の為には下請け業者であろうと頭を下げるのも当然だと考えるのが普通だが、韓国社会の中では考えられない様である。

円満な取引関係を築こうと思ったら決して彼らのプライドを傷つけてはならない様だ。

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第5話:すぐやります

永年韓国系企業と仕事をしていると「判りました、すぐやります」が韓国企業とうまくつきあう秘訣だと判ったきた。
基本的に韓国は儒教思想が今でも色濃く残っており年長者、目上の物の命令には絶対服従である。また2年間の兵役が義務つけられており、ここでも上官の命令には服従せざるを得ないのである。喧嘩をする場合もまず相手の年齢を確かめ年長の場合は敬語を使って喧嘩を始めるという笑い話があるほどだ。

例えばS電子が顧客である場合、特別の注意が必要である。S電子は韓国電子機器産業界の頂点に君臨しており韓国内の電子部品業者などの取引業者は家来に等しい。

購買担当者や技術担当者が「ちょっとこの件で相談したいのだが」と電話すれば24時間どこにいても「判りました、すぐ伺います!」と駆けつけなければならない。通常は代理(係長)課長クラスの呼び出しでも担当者の他に役員クラスが同席する習わしの様だ。

仕様、納期、価格等の要求事項に対して内心ではどんなに無理だと判っていてもその場で決して「無理です、できません」と答えてはいけない。「判りました、ご要求の通りすぐやります」と答えなければならない。
相手もある程度無理な要求だと判っているので結果については余り追求される事は無いのである。つまり顧客に対しいかに忠実な家来であるか、やる気があるかを試している節があるある。

S電子内の開発プロジェクトにしても開発期間が客観的に観るからに無理だと判る物が多々ある。案の定、当初計画半年が一年~二年、当初計画一年が二年~三年と遅延するのが大半である。これに関しても開発責任者が責任を問われたと言う話は聞いた事がない。

日本の取引業者の場合注意が必要である。通常は顧客要求に対して、技術難易度、必要納期、営業的背景等のフィージビリティスタディーを実施してから回答するのが通例であるが、S電子の場合には通用しない。現地責任者の権限で即答できる体制を作るか、その場に関係者全員同席するかの配慮が必要となる。

とにかく殿様のご機嫌を損なわない様「判りました、ご希望通りすぐやります、すぐにやらせます」と忠義心を見せ回答する事が重要な様である。

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第4話:漢字語の勘違い

日本語と韓国語は文法的にはほぼ同等である。また使用される語彙(言葉)も約80%が漢字語で殆ど日本語の漢字語と意味は等しい。特に自然科学、医学、法律、哲学用語等の明治維新以降西洋文献を翻訳した漢字語は100%日本から輸入した漢字語とみて差し支えない。従って漢字の韓国式読み方のこつさえ身につければ韓国語の漢字語は非常に覚えやすいと言えるだろう。

私の勤務していたS電子日本研究所では一月に一度社長も含めた研究所幹部が参加する研究開発プロジェクトの進捗確認月例会議があった。私が主宰するプロジェクトの発表を行い、お偉方から色々なご意見やご指摘をいただくのだが、韓国本社の方針と多少違うとかいう論議の最中だったと思うが、例のk次長が突然「それではプロジェクトを放棄しろと言うのでか!」と声を張り上げ発言した。「放棄」という言葉に私の部下も含め周囲は一気に張りつめた雰囲気になり、気まずい雰囲気で会議は終了したのであった。

私は後日思い当たる処がありk次長に会議での「放棄」の意味は「あきらめる」と言う意味かと尋ねた所、「そうですよ」とケロっとして答えるではないか。やはりそうだったかと私は内心大笑いした。
韓国語のあきらめるは「ポギハダ」という言葉で漢字で書くと「放棄する」となる。k次長の世代までは漢字教育を受けた世代であり彼は日本語の「放棄する」の意味を「あきらめる」と勘違いしていた様だ。

この様に同等の漢字から発生した言葉でも日韓で違う意味で使われる言葉があるので気をつけなければならない。

後日談だがこの一件がきっかけになりk次長から「今後私の日本語が変だと思ったらどんどん指摘して下さい、私の勉強になりますから」との言葉をもらった。誠にまじめな日本人らしい彼の申し出に感服し、ますます彼の人間性が好きになったのである。

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第3話:k次長の日本語

いつも韓国側との仕事のマネージメントをしてくれてお世話になったk次長は1995年ころから日本駐在員をつとめていた。日本研究所を設立するにあたり選抜されたメンバーのようだ。私が入社した当時駐在3年が過ぎ彼の日本語会話には不自然さは全く無かった。特に韓国人の発音には無い「ぜ」の発音にも違和感は感じ無かった。通常は「ぜ」を自然に「じぇ」と発音してしまう傾向があるのだが大分訓練しのだろう。

驚く事に彼は駐在前には日本語は全然できなく、駐在員特別プログラムで日本語を習得したのだと言う。3ヶ月間の合宿で日本語教育漬けにする特別プログラムである。合宿期間中は一切外出できなく日本語以外は一切使用禁止のプログラムだそうである。もちろん彼の能力によるところが大きいのだが、さすがに「パリパリ」「早く早く」の韓国企業である。

ところで私も研究所入社に伴い韓国語を一年ほどで習得したのだが、ある時疑問が生じた。韓国語で話す時は例え相手の話す言葉を50%程度しか聞き取れなくても会話が成立するし、「フンフン」と相づちを打っていれば相手から見れば完全に韓国語を話せると見えるのではないかと言う事である。

ひょっとしてk次長の日本語にも同じ事が言えるのではないかと思うと、思い当たる節が多々あった。そこでk次長に意地悪な質問だが日本語をどの程度聞き取れるか尋ねたところ「100%ではありません」と多少恥じらいながら答えた。何%なのかは追求しなかったが、その後はなるべく平易な表現で会話する事に気をつけたのは言うまでもない。

ちなみに関西弁は全然聞き取れないそうで、TVの関西漫才を見ても判らないそうだ。
当然な事に日本語強化合宿プログラムでは日本語の標準語しか教えてくれなかったようだ。

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第2話 : 韓国語習得

研究所入社当時は韓国との技術打合せのやり取り等は全て前出のK次長を通して行う事とならざるを得なかった。K次長の仕事上の立場は研究所で遂行される研究課題に関する日本窓口で、研究課題、納期、予算、研究員人事等の全てを統括していた。また本人の生真面目な性格上全てに目を通して納得できるマネージャーを目指していた。従って私の様な日本人研究員が直接韓国本社担当者とメール等でやり取りするのを嫌っていた節がある。

本社から来るメール、要求仕様等は一度K次長の元に入り日本語に翻訳されて私に届けられる。逆に私のプレゼン資料、メールの返信は一度K次長に渡り韓国語に翻訳されて本国に送られるという事となっていた。英語が多少出来るので英文で直接相手にメールを送るのだがなかなか返事が来た事はない。
これでは今後の業務展開を考えるとらちが明かないと思い一念発起して韓国語を習得することにした。

まずは、メール、資料等の文書のやり取りが多いので自動翻訳機の活用である。これで文章の<てにおは>の不自然さを我慢すれば意味は通じるレベルになる。<てにおは>については幸い韓国人事務員の女性がいたので逐一添削してもらう。これを半年ほど続けたら添削無しでもほぼ完全な韓国語文章の読み書きが可能となりその後K次長の手を煩わせなくても韓国本社との文書、メールのやり取りが可能となり韓国本社との業務遂行に非常に役に立った。

次に会話なのだが、文章と違って即答しなければならない。幸い日本語と韓国語は文法的にほぼ同等の言語なので語彙(言葉)の数と発音さえ覚えれば、日本語で考えた通りにその日本語語彙を韓国語に逐一置き換えれば大概言いたい事は伝わることが判った。

通勤時間を利用しての基本単語帳記憶とWEB記事から抽出した漢字語の記憶を一年程続けた所、自身が伝えたい事柄はほぼ100%言えるようになり自身で作成した韓国語プレゼン資料を現地で韓国語でプレゼンできるまでに上達したのであった。たまには聞き手が大爆笑する事もあったがたぶん日本語で言ったら「そうで御座りまする~」的、大時代的な表現だったのかも知れない。

難関は聞き取りである。どれだけ自己表現が出来ても相手の言っている事が聞きとれなければ会話は成り立たない。これだけは慣れるしかないのだが、何しろ韓国のTVニュースを見てもアナウンサーの話すスピードは驚異的である。50%でも聞き取れれば文脈から会話は成り立つのだがこれについては現在もトレーニング中の現状だ。

ちなみに韓国TVニュースを観ていると必ず内容を伝えるテロップが流れるが、これは韓国聴衆でさえ聞き取れない為ではないかと疑ってしまう。

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第1話 : プロローグ

1998年春、私は成田空港に立っていた。その後隣国韓国に約100回も出張することになり韓国式の仕事の作法や韓国人の気質に深く関わることになろうとは、その時には想像も出来なかったのである。
前年に韓国大手電子機器メーカの日本研究所が竣工した。当時日経エレクトロニクス等で大々的に技術者募集が行われ、私も試しにと人材登録してあった結果、約一年も経って是非来てくれと言う話があり、本国でこれから一緒に仕事して行く役員との面接の為の渡航であった。
不思議なことに面接時に技術プレゼンをして欲しいと言うことで仕方なく手持ちの評価版高周波シミュレータでの解析結果をパワーポイントで纏め持って行った記憶がある。その疑問の意味はその後の研究所での仕事を進めるに当たり存分に思い知らされるのであった。

空港で日本駐在員のK次長と落ち合い、現地案内をしてくれる予定になっていた。K次長は当時40歳に手が届くほどの年齢でなかなか好感のもてる雰囲気の男である。実はこのK次長はその後10年以上の付き合いとなり数々のエピソードを生む愛すべき人物となるのであった。

韓国出張はその時が初めてではなく1988年ソウルオリンピック当時、前の会社の仕事で何回か出張経験があった。当時印象的だったのはソウルに南山タワーと言う観光スポットが在るのだが、その曲がりくねった道路で前加重に耐えられず前輪の車軸が折れ立ち往生した現地車を見た事と、昼時の移動時に軍事非難訓練に引っ掛かり30分ほど地下鉄構内に強制避難させられた事位である。

10年たち街並みは多少整備され走る車もこぎれいになった様だが相変わらずのビル全面を覆うハングルの看板の多さに違和感を感じたのであった。

ソウルから少し離れた水原市(スウォン)という所にある韓国本社事業所での面接はK次長の案内と通訳で何事もなく終わり、お決まりの焼き肉パーティーで担当役員から宜しくお願いしますと言う言葉を頂き無事帰国したのであった。

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tag : 韓国職場体験記

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RFD-Lab管理人

Author:RFD-Lab管理人
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通信機器の高周波回路・部品の研究開発に携わって来た技術屋のブログです。現在は個人経営の技術コンサルタントを営んでおります。
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最近「ドローン」の無線応用技術についてスタディーを始めました。自動配達の為の自律飛行を補助する衝突防止レーダ等、興味深い分野です。
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​「ドローン」墜落事故が散見される中、現在は「航空法」に依って規制され、ラジコンによる「目視飛行」が許可されている様ですが、安全飛行の為には無線通信の確保が大前提となります。
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またRFD-Labホームページに掲載した技術解説記事のPDF抜粋も併せて掲載しますのでご興味のある皆さんは参照して下さい。

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