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サムスン最悪のシナリオが現実に

特許紛争:サムスン、最悪のシナリオが現実に
崔志成室長と申宗均社長が休日返上で対策を検討
朝鮮日報日本語版/2012/08/27
白承宰(ペク・スンジェ)記者

サムスン電子の経営陣は日曜日の26日、休日を返上し、ソウル市瑞草区瑞草洞にあるサムスンビルに集まった。サムスン未来戦略室の崔志成(チェ・ジソン)室長、携帯電話事業担当の申宗均(シン・ジョンギュン)社長が午前9時ごろ相次いで姿を現した。同事業を担当する無線事業部の役員もほとんどが出勤し、アップルの完勝となった今回の判決を受け、今後の対策について話し合った。

サムスン電子のある役員は「(アップルの本社がある)米国の裁判所で行われた訴訟のため、陪審員の顔ぶれからある程度不利な判決も予想していた。しかし判決の内容や賠償金の額からすると、最悪のシナリオが現実のものになったと言えるだろう」と述べた。

サムスン電子の雰囲気は「静中に動あり」だ。公の立場としては、米裁判所での判決へのコメントは極度に控え、動揺を最小限に抑えると同時に、次の手続きに取り掛かっている。崔志成室長ら経営陣は、ビル1階で待機していた取材陣らの質問に堅く口を閉ざした。

サムスンは今後、アップルが求める販売禁止措置に対抗し、最終判決への備えと控訴審への準備作業などを行う。業界関係者によると、特許訴訟を専門に扱うサムスン電子IP(知的財産権)センターの担当者の多くが現在、米国に派遣されており、判決への異議申し立てなど今後の対策について検討を行っている。

今後の裁判の方向性について、サムスンはアップルと敵対関係にある別のIT企業と連携する方策も話し合われているようだ。アップルの訴訟はサムスン電子だけでなく、スマートフォン用ソフトウエアやハードウエア関連企業の多くを対象としているため、ほかの企業と協力し合って対応する必要があるからだ。

今回の陪審員判決を受け、サムスン役員らの雰囲気は比較的落ち着いているようにも見えるが、内部では怒りの声が高まっているという。サムスンのある役員は「多くの役員が米陪審員団の資格に疑問を持っている。今回は非常に難解な特許訴訟なのにもかかわらず、専門家でない人が多数含まれる陪審員団によって判決が下された。このような判決を受け入れなければならないのだろうか」と不満を口にした


<筆者評>

8月24日、米国でのアップル・サムスンの特許紛争に関する陪審員裁判で、アップルが主張していたサムスン製のスマートフォンの意匠デザインはアップルが所有するアイフォンのデザイン工業所有権を侵害しているというとの訴えを陪審員が完全に認めたという評決を受けての記事である。

陪審員裁判の陪審員はいわゆる一般人であり、また極一般的な消費者の代表と考えられるので、サムスン製スマートフォンの意匠デザインを見れば、至極当然の結果としてアイフォンの「パクリ」と結論付けたのだろう。

一般消費者から見ればサムスンが主張するような通信方式特許やOS、ハードウェア特許に関してはドントケアで、むしろブランドネームやデザイン、使い勝手を優先するということだろう。現実問題としてデザインや使い勝手、ブランド力や性能も現在のサムスン製スマートフォンの方が優れているのかも知れない。

しかし裁判の中で、アップルが4年間費やして開発したスマートフォンをサムスンはたった3か月でコピーしたとのアップル側の証言もあったり、アップルオーナーの故スティーブジョブズ氏は彼の莫大な個人資産のすべてを費やしてもサムスンとの特許訴訟には勝たなければならないと発言したとの話も聞こえて来る。

通常この手の特許裁判は判決が出る前に事前に結果を予測し、両社協議したうえで互いの主張を歩み寄り和解するものだが、アップルの故オーナーにそこまで言わせるほどサムスンはアップルの触れてはいけない琴線に触れてしまったのだろうか。今回アップルは本気でサムスン潰しに出た様であり、サムスンは暫くアップルの攻勢に耐えなければならない様だ。

話は変わるが、グローバルコリアを標榜する政権末期の韓国大統領も、竹島違法上陸・天皇陛下侮辱発言等の、驕れる韓国人特有の分不相応な傲慢行動により触れてはいけない日本国民の琴線に触れてしまった。近い将来日本に誕生するであろう保守政権による種々の外交政策により韓国外交孤立化、また韓国経済への負の影響が予想される中、今回のアップル・サムスン特許訴訟問題にも同じ様な匂いがしてならない。

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第29話:K部長の栄転

2000年代中頃のこと、日本研究所でずっとお世話になっていたK部長が本社の常務として栄転し帰国して行った。

K部長は本ブログのエピソードに何度か登場しているが、そもそも私が1997年の日本研究所への入社当時、最終面接の為の訪韓の引率で成田空港で初めて会って以来の仲であった。当時はK次長でその後の私の研究所生活を陰でフォローし続けてくれた支援部署のマネージャーであった。

彼はかれこれ47歳近くになり、またS社では48歳で常務に昇進出来ない部長級は退職を余儀なくされるという話を聞いたことがあった。従って彼の上司や研究所長が必死に彼の常務栄転先を調整してくれたそうだ。彼としては日本研究所内に残りたかった節もあるのだが結局日本にポストはなく、彼が日本駐在を始める前に在籍していた本社TV事業部の品質保証担当常務として栄転し韓国に帰国することになった。

彼は十数年に渡り日本研究所駐在員として勤め上げ、また日本文化にもよく馴染み、私が見たところほとんどいわゆる日本人といっても良い人物であった。本人も日本に永住しても良いくらいに考えて居たようだが、反面彼の子弟の教育問題で悩んでいたようだ。

彼の子弟は韓国人学校に通っていたが、日本生活が長い為に通常の友人との会話は殆ど日本語であり、家庭内での父母との韓国語会話では言葉の意味を聞き直す場面もあったようである。またK部長本人が一番よく知っていたろうが「日本人」として感じる韓国人または韓国社会への違和感に果たして彼の子弟が本当になじめるかの心配もあったのだろう。

ある時彼に御子弟は物を考える時に「韓国語」で考えているのか「日本語」で考えているのかと尋ねた事があるが、彼は悲しそうな顔で多分「日本語」で考えているのでしょうと答えるのだった。彼自身の事はまだしも、今後子弟がどちらの国で生活して行くのが良いのか相当悩んでいたようである。結局彼は、韓国の人事異動の時期である年末に韓国に帰っていった。子弟は帰国子女枠として韓国の大学入学を目指すのだという。

さて、翌年の4月頃、本社で昇進したK常務にちょっとした技術アドバイスを依頼され、表敬訪問がてらに韓国本社のTV事業部を訪ねた。旧知の仲だったのでやあやあと挨拶を交わしたのだが我々は彼の表情が日本勤務の時に比べ激変しているのに驚いたのであった。笑顔を作っているのであるが、日本勤務時代の柔らかな日本人と見まがう表情が一変していわゆる普通の韓国人の表情になっているではないか。さらに開口一番「もう昇進なんかどうでも良いから日本に帰って日本で仕事がしたいです・・・」とまで言い出す始末であった。

彼は現在はS電子の副会長まで上り詰め最近退任された当時のC社長の下で仕事をしていたが、社長は元々仕事の鬼の様な人物で、自分の気の向くままいつでも部下たちを呼びつける様な人物だったらしい。従って帰国から3ヶ月余り殆ど24時間気が抜ける時間が無く、新任常務のプレッシャーもあって憔悴しきってしまったらしい。また仕事以外の学閥や出身地方閥の人閥との酒のつきあい等にもヘキヘキとしていたようである。

つまり良く言われる、余りにも濃い韓国村社会の人間関係に疲れ切ったと言う訳のようだ。要するに長い日本駐在員生活で培った日本人としての社会感覚からすると、久しぶりに帰って行った韓国社会は余りにも神経をすり減らし暮らしにくかったのだろう。K部長のような海外駐在員でなくてもS電子の有能な技術者が韓国を捨てて海外移民して行くという話しも良く聞く。

話しは変わるが、現在日本に居住するいわゆる在日韓国・朝鮮人の人たちにも同様の事が言える訳で、また彼ら自身が祖国での社会生活の閉塞感を一番よく理解し、また日本での生活のし易さを理解してている訳であるから、言葉では反日を叫んでいても未来永劫彼らは祖国には帰りたがらないだろうと筆者は思うのである。それならば日本での外国人参政権等の権利を声高に求めるより、いち早く日本に帰化して韓国・朝鮮系日本人として生きて行く事を望むのである。なぜならどれほど民族のアイデンティティーを主張しようとも、彼らの祖国は彼らが決して生活したくない祖国であるのだから。

栄転したK常務は最終的に韓国での本社生活になじめずに3年程勤務した後退職し、現在は某日本企業の韓国事業所に転職し笑顔を取り戻したのであった。


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サムスン勝訴困難か?

サムスン勝訴困難か?米特許訴訟で賠償額めぐり攻防
[ソウル聯合ニュース] 2012/08/17

米カリフォルニア州連邦地裁で行われているサムスン電子と米アップルの特許訴訟で、サムスン電子は16日(日本時間17日)、特許を侵害したと判断された場合の賠償額を減らすための証拠や証言を出し始めた。複数の米メディアが報じた。

アップルはサムスン電子に対し、25億ドル(約1982億円)の損害賠償を求めている。

サムスン電子は同日の審理で、アップル側が提示している損害額について同社がサムスン電子の利益推定額として挙げている数字にはマーケティング費用や市場調査費、研究・開発費などの支出が含まれていないと主張した。

またサムスン電子はアップルが2011年4月の提訴以降、特許侵害があったとされるスマートフォン(多機能携帯電話)によってサムスン電子が上げた利益はアップルの主張する22億4000万ドルではなく5億187万ドルだと指摘。アップルがサムスン製のスマートフォンが存在しなかった場合の利益を大幅に水増ししているとした。

さらにアップルの供給制約のため、サムスン機器が存在しない場合でも「iPhone(アイフォン)」とタブレット型多機能端末「iPad(アイパッド)」の販売に限界があるという研究・調査結果を示したほか、損害査定の根拠にしているスマートフォンの価格にも問題があると主張した。

これに対し、アップルの弁護人はサムスン側に関連会計資料を渡すことは可能かと尋ねた。サムスン側は「そうだ」と答弁した。

同訴訟を担当するルーシー・コー判事は、この日の審理前、両社に対し「そろそろ現実的な妥協をする時期だ」と強調したという。


<筆者評>
9月末に判決が言い渡されるという米国のアップル・サムスンの知的所有権争いでサムスンの分が悪いようだ。

アップルは意匠(デザイン)でサムスンは通信方式特許で争っているようだが、通信方式等の端末のハードウェアに係る特許所有権よりも、製品デザインに係る意匠特許の方がインパクトが大きい。基本的にハードウェアに係る特許については今後幾らでも代替え案の採用が可能であるが、意匠の方は代替えの考案は難しいからである。

先発のアップルiPhoneの意匠デザインは、デザイナーの好みというよりは、消費者がスマートフォンをいかにスマートに使いこなせるかと言うマン・マシンインターフェースに基づいた当然の結果であり、後発のサムスンは新しいマン・マシンインターフェースを提案しない限りアップルを模倣するしかない。すなわち、アップルのデザインは使用者の手のサイズ・指の位置・握り方・身体のどの位置で使用するか等々を最適化したデザインであるはずだからである。

したがって後発のサムスンはアップルの意匠特許を回避したければ、より優れたマン・マシンインターフェースと共に新しいデザインを提案すべきであって、その能力がないのならアップルに特許料を支払ってアイフォンデザインを模倣すれば良いのである。

おそらくアップルデザイン模倣に関する良識ある技術者の危機感はサムスン内部でも開発初期には在ったのだろうが、訴訟合戦になれば行ける所まで行って最悪の場合賠償金を支払えば良いというお得意の主張に押し切られたのだろう。

アップル・サムスンは世界各国で同様の訴訟合戦を行っていて、韓国各紙は例によって一企業の問題に国を挙げてサムスンが勝訴し数千億円の賠償金を受け取りそうだと自慢していたが、この記事の文脈をみると逆の結果になりそうだ。ただし相変わらず本質をごまかす体質は変わらないらしく、記事タイトルは「サムスン勝訴困難か?」となっている。むしろ「サムスン敗訴濃厚か?」が事実であるようだ。

いずれにしても米国訴訟合戦の結果は今後のサムスンのスマートフォンの世界戦略に大きな影響を及ぼすことになり注目である。

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ハーフ・ア・マン



ウィリー・ネルソン(Willie Nelson、Willie Hugh Nelson、1933年4月30日-):ウィキペディア抜粋
アメリカのシンガーソングライター、俳優。カントリー界の大御所。テキサス州出身。ベイラー大学中退。1950年代から音楽活動を始める。当初はカントリー・ミュージック・ミュージシャン、作曲家としての仕事が主だった。1960年代後半のヒッピー・ムーブメントに強い影響を受け、同時にさまざまな音楽性を吸収する。

1975年のシングル「雨の別離」(原題:Blue Eyes Crying in the Rain)は、ビルボード誌のカントリー・チャートで1位を獲得し、グラミー賞のベスト・カントリー・ボーカル(男性)部門を受賞。1970年代半ばからはウェイロン・ジェニングスをパートナーとして活動するようになり、数々のヒットを放つ。独特の鼻にかかった歌声、保守的なカントリー界にあってヒッピー的なスタイル、雑多な音楽性は異彩を放ち、保守的な従来のカントリーの主流だったナッシュビルからは異端児と見られ、彼の音楽は「アウトロー・カントリー」と呼ばれた。

ウィリー・ネルソンといえばポップなカントリーの象徴と見做されることも多いが、フォークやロックのミュージシャンとの交流に見られるようにクロスオーバーな活動を続けたことにより、多くのミュージシャンからの尊敬を集めている。

Half a man:Willie Nelson

If I'd only, had one arm to hold her
Better yet if I had none at all
Then I wouldn't have two arms that ache for her
And there'd be one less memory to recall

If I'd only had one ear to listen
Oh, to the lies that she told to me
Then I would more closely resemble
The half a man that she made of me


And if I had born with but one eye
Then I don't leave, have one eye to cries
And if half my heart turned to ashes
Maybe half of my heartaches would die

If I'd only had one leg to stand on
Then a much truer picture she'd see
For then I more closely resemble
The half a man that she made of me

The half a man that she made of me

<筆者評>
昔ハワイに遊びに行った際に買い求めたウィリー・ネルソンのCD「Half a man」に収録されたタイトル曲で思い出深い一曲です。同CDは米国のポピュラー音楽界の各有名プレイヤーとウィリー・ネルソンのデュオが収録されていますがこのジョージ・ジョーンズとのデュオは特に味わい深く、音楽ジャンルを超えた逸品で筆者のお気に入りです。

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第28話:中国朝鮮族差別

最近韓国紙上を賑わした事件がある。ソウル近郊の水原市で中国朝鮮族の出稼ぎ労働者が韓国女性を惨殺してバラバラに解体した事件である。犯人を擁護するつもりはまったく無いが、その後の韓国内各紙の論調では現在10万人以上いると言われる朝鮮族出稼ぎ労働者に対する排斥論が多くなって来たように見受けられる。

中国朝鮮族の人たちは日本で言えば日系ブラジル人のように就労ビザが比較的簡単に入手できるのだろうか? 紙面を見ると彼らは韓国人も嫌う、いわゆる3Kの職業についている場合が多く、同じ朝鮮民族でありながら差別された存在であり労働待遇にも恵まれていないらしい。

さてS電子の子会社であるS電機と仕事をしていた時の事である。我々に対応してくれる技術者の中にP主席がいた。彼は高周波アナログICの専門家で工学博士であった。多分日本にも留学経験があり日本語にも堪能であった。

ある日彼らと会食の機会があり韓国焼酎などを飲みつつ和やかな時間を過ごしたのであった。彼は普段見られるちょっと天狗になっている韓国人技術者とは違い、非常に温厚で謙虚な印象で私も気に入っていた。話も進み「P主席なら能力優秀だしきっと早く出世出来るでしょう」と水を向けると彼は一瞬で顔を曇らせてしまってこう返答するのだった。

「私は中国朝鮮族出身なのでこれ以上出世などは望めません、この国では朝鮮族出身者は差別されて居るのです、私はキリが良い所で会社を止めて他に移るつもりです」

彼の突然のカミングアウトに一瞬唖然としてしまった私は「グローバル会社であるS電子にそんな差別は無いでしょう。たとえS電子から他社に移ったとしても君は技術力もありさらに中国語・日本語・韓国語が堪能なのだからどこでもやっていけるよ」と元気づけたのだがその後彼の顔が晴れることは無かった。

筆者には朝鮮半島と中国内陸の境界辺りに紀元数世紀に渡り勢力を誇った高句麗を韓国の誇らしい古代史として教えている韓国人にとって、祖先とも言える当該地域に住む中国朝鮮族の人々をなぜ卑下、差別するのか理解できないのである。

またサッカー日本代表の李忠成の様に、元々韓国籍で韓国チームの合宿に参加したのだが韓国選手の在日韓国人に対するあまりにも酷い差別に落胆し、さっさと日本に帰化し日本人として生きる事を選択した例も記憶に新しい。しかし彼が日本チームで活躍すると韓国マスコミはこぞって過去に差別した事実は忘れ、やはり韓国民族の力は素晴らしいと自慢しだす始末である。

最近ではロンドンオリンピック開催時に英国サッカーチームの監督が記者会見で韓国記者が韓国チームの各選手の特徴を知っているかと質問すると「特に知らない」と答えた所、英国サッカー監督は傲慢だとの記事が中央日報に載っていた。恐らく優秀な韓国民族に興味を示さない英国人監督の言動を韓国人の自尊心からしたら許せないとの文脈だろうが、偉大なる大英帝国の末裔が極東の半島分断国家に興味などがある訳なく、親の興味を引くために地団太踏んで泣け叫ぶ子供の様で、誠に笑止千万な記事である。

P主席のカミングアウトから一年ほど経過すると、朝鮮族出身の彼の消息はグループ内では聞こえなくなった。韓国以外で再就職し能力を発揮して頑張っておられる事を祈るばかりである。

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第27話:ベンチマーキング

ベンチマーキング(Benchmarking)とは製品・サービス・プロセス・慣行を継続的に測定し、性能の良い競合他社やその他の優良企業の性能と比較することである。韓国でのみ、韓国側による文化や技術の盗用や剽窃行為を誤摩化すために公文書やマスコミに於いても歪曲した形でこの「ベンチマーキング」あるいは「ベンチマーク」という言葉が公然と使われているので注意が必要である。[ウィキペディア転載]

さて、筆者がS電子日本研究所に入社した1997年当時の話である。日本研究所の建物が完成してまだそれほど時が経てなく、従って所内の各研究室とその人員も大分足りなっかった時代であり、当時も盛んに韓国本社側からの要請を受け人材募集活動を行っていた。

筆者が所属する無線関連の研究室も例外ではなく、当時はほんの数名で運営せざるを得ない状況であった。その頃筆者の入社に前後して入社してきたJ君のエピソードである。

J君は技術部門は日本に在るが製造部門はすべて東南アジア等の海外に置くという当時では比較的有名な通信機器会社から転職してきた30代前半の高周波回路技術者である。

当時某衛星電話システムの開発プロジェクトに参加していたS社の携帯端末開発の高周波部分を担当する事になった我々は、筆者がアンテナ及びフロントエンド回路、J君がIF回路を担当し、本社との技術打ち合わせでたびたび韓国出張したのだった。

数箇月も経ち、筆者の担当する部分は順調に開発が進み顧客もほぼ満足していたのだが、J君のIF回路部分はなかなか顧客に満足してもらえる状況にはならなかった。元々筆者の担当分野は本社内にも専門技術者が希少だったため日本研究所へ外注開発に出したのだが、IF回路については本社にも技術内容を熟知している技術者も多く、色々技術的な意見の対立もあったのだろう。終いにはJ君は「本社の技術者はバカ者ばかりだ」と言い出す始末で気まずい雰囲気の中、結局彼はは半年足らずで退職して行った。

J君とは何度か一緒に韓国出張に出かけたのだが、筆者は彼の奇妙な行動に気づいていた。出張時にはカード支払いできない場合に備えて日本円を一応現地通貨に交換する。普通はまあ数万円程度を両替して余ってもまた今度の出張時に使えばいいやと思うのだが、彼は4~5千円単位で両替し、帰国時には小銭に至るまで一々全て日本円に再両替して帰って来る。まるでもう二度と韓国には来ないぞと言うような振る舞いだと私は感じていた。

さて問題はここで終わらなかったのである。J君の退職に伴い、入社時に支給された筆者の古いPCに代わりに彼が使用していた新型のPCを譲り受けることになり、J君の不要なDATAを整理し私好みに設定し直していた時のことである。私はメーリングソフトにアウトルックを使用するのであるがJ君も使用していたらしい。

メールデータを入れ替えようとしたのだが彼の消去し忘れたメールデータが大分残っていたのに気がついた筆者は「ふんふんメールを消去しないで退職したのか、ちょっと覗いて見るか」と中身を見てみると驚いた事に受信箱・送信箱にはJ君が以前勤務していた会社の元上司である技術担当常務との日々のやりとりがゴッソリと残っているではないか。

内容は当時進行中の仕事の技術内容をはじめとし、S社本社と日本研究所の関係、現状の陣営規模・技術力に対する見解に至るまで実に緻密に報告してあった。日付を調べると彼の入社当時からこのやりとりは始まっていた。筆者はあわてて人事担当責任者を呼びつけ、その事実を見せその後の対処について申し送りしたのであった。

彼がどんな目的で入社したのかは今となっては不明であり、人事担当部署の調査結果も明確には聞けなかったが、メールのやりとりを見る限りでは元の上司の命令を受け半年程度の期限付きでS電子及び日本研究所のベンチマーキングに来たとしか思えないのである。

ベンチマーキングと言えば韓国企業のお家芸だが、当時のS社及びS社日本研究所にそこまでして逆ベンチマーキングする価値が在ったのだろうかと誠に腑に落ちない一件であった。

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サムスンが五輪委員会に圧力

サムスンが五輪委員会に圧力、選手愛用のヘッドフォンを使用禁止に
サーチナ・トピックス 2012/08/06(月) 15:21

ロンドン五輪では多くの選手が試合前後にヘッドフォンで音楽を聴き、精神を集中させている。多くの選手たちの支持を集めているのは「Beats by Dr. Dre」というヘッドフォンだが、ロンドン五輪のオフィシャルスポンサーである韓国サムスン社は同ヘッドフォンを使用禁止にするため、五輪委員会に圧力をかけている。中国メディアの新浪網が報じた。

イギリス、アメリカ、中国などの多くの選手が愛用している同ヘッドフォンは台湾を拠点にするHTC傘下の製品であり、HTCはサムスンの競合相手だ。サムスンがロンドン五輪委員会に圧力をかけたことによって、英国人選手たちは会場内での同ヘッドフォンの使用を禁止されてしまった。

さらに五輪委員会は各国代表団に書面を送付し、公式スポンサーを尊重することの重要性を強調した。国際五輪委員会の第40条規定では「会場の内外にかかわらず、選手は公式スポンサーではない商品を宣伝することは許されない。五輪主催者は違反した選手を処罰、あるいは資格剥奪する権利を有する」と記されている。

しかし、多くの選手たちは規定に反発し、ツイッター上で規定の削除を要求した。
(編集担当:及川源十郎)

<筆者所感>
ソニーのウォークマンの発明により現在ではすっかり音楽を身につけて生活する事が定着してしまった。音楽プレーヤーはipodを代表とするようにすっかりデジタル化して進化し続けているが、音の出口であるヘッドフォン・イアフォンは依然として「アナログ」であり、工学的に言えば「電気信号→機械振動→音波」変換器であるから一朝一夕では消費者に受け入れられる製品は開発できない。

消費者のヘッドフォン・イアフォンに対する商品選択基準は、自分の聞きたい音楽ソースを如何に自分の聴覚に心地よく、また琴線に触れる様に再生してくれるかである。この様な消費者要求を満足させる様に、専門メーカーの音響技術者は永年に渡りそれぞれのノウハウを蓄積し努力してきた。

また消費者の様々な音楽嗜好を満足させる為には「アナログ」であるがゆえに一種類のヘッドフォン・イアフォンでは無理で、ジャズ・ロック・ヒップホップ・クラシック等の各音楽ジャンルに適した製品ラインアップを準備するのが通常である。

ヘッドフォン・イアフォンの人気ランキングサイトで検索してみると、記事中のモンスター(米国)・ボーズ(米)ゼンハウザー(独)・ソニー・オーディオテクニカ・ビクター等々1970年代から営々と技術を積み上げてきた専門メーカーが並ぶ。これらのメーカはそれぞれの事業規模は大きくは無いが、その専門技術が世界の音楽・オーディオファン達によって愛されてきた製品であると言えよう。

この報道が事実なら、ではサムスンは世界の消費者に愛されるヘッドフォン・イアフォンを持っているのかと反論したくなり、誠に成り上がり者の論理としか言いようが無い。

昔サムスンの音響機器事業部の日本人技術顧問と話した事があるが、サムスンは他の製品と比較すると事業規模が余りにも小さいのでヘッドフォン・イアフォン事業には興味が無いと嘆いていた。それならば一心不乱に大量生産製品事業に邁進し音楽愛好家の琴線に触れる様な行動は慎むべきだ。

例えばオリンピックのオフィシャルスポンサーである時計メーカーが各国選手・役員各自の腕時計の着用に文句を付けるのだろうか?契約上の是非はあるだろうが、今回の一件は大サムスンとしては誠に誠に大人げない対応であると思うし、自分たちになびかない競争社を技術でなく金の力を後ろ盾に恫喝して行く様は、なぜか北朝鮮の金王朝を彷彿させる薄気味悪い出来事である。

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ワン(One)



メアリー・J. ブライジ:ウィキペディア転載
メアリー・J. ブライジ(Mary Jane Blige、1971年1月11日 - )は、アメリカ合衆国の女性R&B歌手。クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウルと称される。
『ザ・ブレイクスルー』と題せられた7作目のスタジオ・アルバムを2005年末にリリース。アルバムからのリードシングル「ビー・ウィザウト・ユー」は総合シングルチャートBillboard Hot 100で最高位3位、Hot R&B/Hip-Hop Songsチャートでは15週連続で1位を記録する大ヒットとなった。アルバムはR&BアルバムとビルボードTop200アルバムチャートともに一位でデビューし、発売1週間で驚異的な72万7000枚を販売した。アルバムでは1991年のU2のヒット曲、「ワン」のカバーをボノとともにデュエットしている。 リリース以来、アルバムは米国内で300万枚以上を販売。

<筆者評>
U2も好きで良く聞きますがOneに関してはこのメアリー・J・ブライジのフィーチャードU2バージョンのR&Bアレンジバージョンの方が躍動感があり、また彼女の抜群の歌唱力と相まって歌詞がストレートに伝わります。
いや~かっこいいですね~!!!

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第26話:家族会議

2000年初頭の頃はS電子日本研究所の人材もまだまだ不足していた時期で、盛んに色んな手だてで人材募集を行い有能人材を発掘していた。

そんな中で我が研究室にもデジタル信号処理に関する優秀人材の応募があった。出身大学、現在の勤務企業も有力であり、最終面接試験も特に問題なく済んで彼の入社時の待遇等の条件にも本人は満足していた。

ただ面接時に本人が最後に言った一言が気になっていた。「私本人は今回の転職のお話は大変満足しているのですが、転職の最終結論は一応家族と相談してから決めさせてください」と言う。私自身の考えからすれば、一応諸々の事を考えて最終面接まで望み、本人が意志を決めたのだから問題は無いだろうと高をくくっていた。本人もしっかりした自己主張が出来る人物に見えたので、よもや家族の意見に左右される事は無いと思っていたのだった。

一週間程経過して人事担当者から彼の最終回答を聞いて驚いた。結果的には家族の強い反対に会い今回は辞退したいというものだった。詳しく聞いて見ると、彼の奥さんの両親に当たる方々が韓国系企業への転職を頑と反対し、両親に説得された奥さんを説得出来なかった様である。

2000年代初頭と言えば現在程では無いにしろ一応S電子は韓国企業ではあるがグローバル企業として頭角を表して来ており、彼の奥さんの両親もどのような理由で頑と反対したのかは定かではない。よほど過去に韓国人もしくは在日韓国人にひどい目にあった経験でもあったのであろうか?

話は変わるが、現在の韓国内においては日本車の姿を良く見かける。翻って日本では韓国車の姿を見かける事は無い。世界的には成功を納めているている現代自動車も日本での販路拡充を長年目指していたそうであるが日本市場には受け入れられなかった様である。輸入車としてのフォルクスワーゲンやベンツ、BMW等のある程度の成功を考えると少し奇妙な感じがする。

ある経済学者の説によると、現在の日本では消費者の韓国製品に対する出費はせいぜい数万円止まりで、百万円以上の出費に関しては韓国製品は選ばずに国産か東南アジア以外の外国製品を選ぶそうである。つまり韓国製品への出費はLCDテレビかスマートフォン止まりで自動車の様な高価な消費には投資対品質又は投資対ブランド価値を考え躊躇するらしい。

つまり日本では大方の人たちが韓国製品及び韓国の品質及びブランド価値を認めていないと言う事では無いだろうか。

永年の反日教育のせいで何かと声高に日本を非難する韓国社会で日本の自動車が受け入れられ、とりわけ表面的に韓国を非難する事も無い日本において韓国自動車が受け入れられていないという現実は誠に象徴的であり示唆的で興味深い。

恐らく、冒頭の家族会議で頑強に転職に反対した義理のご両親も、韓国の品質及びブランド価値を考え、彼の一生の一大事である転職に反対したのだろうと思う今日この頃である。

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ライク・ア・ローリングストーン



ボブ・ディラン:ウィキペディア抜粋
ボブ・ディラン(Bob Dylan、1941年5月24日 - )は、アメリカのミュージシャン。出生名はロバート・アレン・ジマーマン(Robert Allen Zimmerman)だが、後に自ら法律上の本名もボブ・ディランに改名している。

「風に吹かれて」、「時代は変る」、「ミスター・タンブリン・マン」、「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「見張塔からずっと」、「天国への扉」他多数の楽曲により、1962年のレコードデビュー以来半世紀にわた
り多大なる影響を人々に与えてきた。現在でも、「ネヴァー・エンディング・ツアー」と呼ばれる年間100公演ほどのライブ活動を中心にして活躍している。

グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々を受賞し、ロックの殿堂入りも果たしている。詩人としてノーベル文学賞にノミネートされ、2008年には「卓越した詩の力による作詞がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大きな影響与えた」としてピューリッツァー賞特別賞を受賞した

Like A Rolling Stone : Bob Dylan

Once upon a time you dressed so fine
You threw the bums a dime in your prime, didn't you
People'd call, say, "Beware doll, you're bound to fall"
You thought they were all kiddin' you
You used to laugh about
Everybody that was hangin' out
Now you don't talk so loud
Now you don't seem so proud
About having to be scrounging for your next meal.

How does it feel
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

You've gone to the finest school all right, Miss Lonely
But you know you only used to get juiced in it
And nobody has ever taught you how to live on the street
And now you find out you're gonna have to get used to it
You said you'd never compromise
With the mystery tramp, but know you realize
He's not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And say do you want to make a deal

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone
You never turned around to see the frowns on the jugglers and the clowns
When they all come down and did tricks for you
You never understood that it ain't no good
You shouldn't let other people get your kicks for you
You used to ride on the chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain't it hard when you discover that
He really wasn't where it's at
After he took from you everything he could steal.

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

Princess on the steeple and all the pretty people
They're drinkin', thinkin' that they got it made
Exchanging all precious gifts
But you'd better take your diamond ring, you'd better pawn it babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags and the language that he used
Go to him now, he calls you, you can't refuse
When you got nothing, you got nothing to lose
You're invisible now, you got no secrets to conceal.

How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

<筆者評>
日本でヒットした「風に吹かれて」も良いのですが筆者はこの「ライクアローリングストーン」が一番気にいっています。その後のミュージックシーンン・ミュージシャンに大きな影響を与えた楽曲です。

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テーマ : お気に入り&好きな音楽
ジャンル : 音楽

ブログ復帰

ブログ更新を3ヶ月近く休んでしまいました。

5月初旬に仕事の方はソロソロ現役引退かなと考えはじめ、色々今後の準備と身辺整理を始めたところ、これが結構手間取りました。ブログ更新もしなくてはと気になっていたのですが、まるで失語症の様に文章が書けなくなってしまいました。時間的な余裕の問題ではなく心の余裕の問題の様です。PCに向かいさあ書くぞと思うのですがネットサーフィンはともかく文章入力に全然意欲が涌かなくなってしまったのです。

仕事であれば納期が決まっていて、また生活に関わるのでやらざるを得ないのですが、ブログに関しては更新しなくても差し障りないだろうという甘えがあったのだと思います。同じように本業である技術HPの記事更新もしばらく放置状態になってしまいました。

3ヶ月近く手を入れなかったのですが、アクセスログを見てみると私がサボっていた間も結構なアクセスをいただいて居たことが判ると恥ずかしく申し訳ない気持ちでいっぱいです。

幸いようやく諸々の整理も付き、私なりの情報発信を続ける意欲も取り戻しました。今後は前にも増して鋭意情報発信の更新に心がけますのでよろしくお願い申しあげます。

RFD-Lab 管理人

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プロフィール

RFD-Lab管理人

Author:RFD-Lab管理人
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通信機器の高周波回路・部品の研究開発に携わって来た技術屋のブログです。現在は個人経営の技術コンサルタントを営んでおります。
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最近「ドローン」の無線応用技術についてスタディーを始めました。自動配達の為の自律飛行を補助する衝突防止レーダ等、興味深い分野です。
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​「ドローン」墜落事故が散見される中、現在は「航空法」に依って規制され、ラジコンによる「目視飛行」が許可されている様ですが、安全飛行の為には無線通信の確保が大前提となります。
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またRFD-Labホームページに掲載した技術解説記事のPDF抜粋も併せて掲載しますのでご興味のある皆さんは参照して下さい。

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