第38話:韓国ヒゲ事情
筆者は20代の頃からヒゲを生やしている。なぜそうなったのかは定かでは無いのだが、当時もう下火には成りかけてはいたが、長髪にヒゲのヒッピー文化の流行の影響もあったのかも知れない。流石に入社試験には髭は綺麗にそり落とし七三分けの頭で臨んだ結果無事入社できたのであった。しかし最初の会社は当時では珍しく本当に自由な社風の会社であった為、学生時代の風貌に戻るにはそれほど時間は掛らなかった。
当時は船舶レーダーの設計開発の仕事に携わっていたのだが、ある時開発完了して間も無く顧客に納入した大型レーダーがインド洋沖で故障し、シンガポール港に入港するからついでに修理してくれという話が持ち上がり、私に行って来いという命令がでた。通常は船舶に装備したレーダーは社内に専属のメンテナンス部隊がいて、問題があると逐一対処するのだが、何しろ新型なので修理出来る技師がおらず、開発部隊の私にオハチが回ってきたのである。現地では販売代理店の現地人技師が案内するから何とかなるよとの上司の気休めの言葉を貰って出かけて行ったのだ。
何しろ当時は1ドル360円の固定レート時代で、海外に出るのも初めてであったので多少心細いが、何事も経験だと諦めて羽田から飛び立った。船の入港待ちをする場合は、何かの運航トラブルを見越して滞在時間を多少長く取る。案の定入港は2~3日先になりそうだという代理店の案内人の話に、どうやって時間をつぶすか議論していると「私の友人に船舶用の通信機を工業高校で教えている先生がいるから、丁度良い宣伝になるので彼の高校で生徒たちに専門家として船舶レーダーの実地教育をしてみよう」と言うことになり、サッサと話をつけてしまった。
仕方なく次の日に工業高校で生徒たちに技術的なレクチャーをしたのだが、生徒達は皆真剣な目で私の話を聞き、技術的な質問も盛り上がったりして彼らの熱心さに感心したものであった。
工業高校の先生の名前を仮にT君とする。彼は多分マレー系の人種で非常にフレンドリーであり、その後10日あまりの滞在中、毎晩彼との酒盛りに付き合わされることとなった。
その日の仕事が終わりホテルで寛いでいると決まってT君からお誘いの電話が掛ってくる。暇を持て余し特に断る理由が無いので毎晩付き合うのだが、流石にT君は現地に明るく、女性の居るサロンのような店も含めて、安くて美味しい店を心得ている。一週間以上も同じ人間と飲みまわっていればすっかり打ち解けてしまったのは仕方がない事である。
そこである日「なんで俺ばかり誘うのだ」と聞いたところ、「現地人で酒を毎日飲み歩く趣味の持ち主は極て少数で、T君が毎日繰り出したくても相手がいない」「筆者さんは風貌も中国人と変わらないし酒や遊びにも付き合ってくれるので貴重な友人となった」などと煽てられた。逆にT君のお陰で初めての海外出張もストレスなく楽しめたのであった。
それから二年ほどしてT君が日本に遊びに来た。筆者はT君に日本での住所・電話番号等の個人情報は渡して無かったのだが会社名だけは覚えていたらしく、彼は会社の代表番号に電話して「船舶レーダーをやっているヒゲに繫いでくれ」と交換に頼んだらしい。見事に一発で私のもとにつながり、彼と日本で旧交を温める事ができたのであった。
この件が原因かどうか定かではないが、それ以来現在まで髭は筆者の顔の一部に組み込まれたままになっていて、自身も含めて髭の無い筆者の顔を覚えている者ももう居ないだろう。
また近年になってからの事であるが、インチョン空港で日本へのフライトを待っていた筆者をちらちら気にして見ている浅黒い顔の髭面の男性がいた。気にも留めていなかったのだが、かれは意を決して私に話しかけてきた。「あなたはイスラム教徒の方ですか?」違うと答えたのだが「なんでそう思ったの?」と質問すると、彼はマレーシア人でイスラム教徒であり、たまたま韓国の空港でヒゲ親父を見つけたので不思議に思って質問したのだと言う。「イスラム教徒でヒゲが無いとゲイに間違われるんだよね?」と言うと大笑いされた。
さて、現代の韓国内で髭を生やしている韓国人男性を見かける事は殆どないし、S電子の様な大企業ではなおさらである。従業員数は相当なはずであるが筆者の知る限りでは過去に3人しか見かけなかった。名前は忘れたが一人は研究所の常務クラス、もう一人は無線事業部の30代半ばの専任研究員(課長代理クラス)である。韓流ドラマの時代劇などを観ると、当時の貴族クラスの「ヤンバン」などは全員髭をたくわえているのだから少々妙な感じがする。
国民の殆どが自身の家系は「ヤンバン」の家系だと信じている韓国人にとっては、現代において髭をたくわえても何ら差し支えないと思うのであるが真相は判らない。儒教社会の韓国では、自分より職位が高い上司が髭をたくわえていないのに、部下が髭を生やすなどもってのほかだという不文律でもあるかの様でもある。そう思うとS電子で見かけた髭は相当の覚悟があっての髭なのかと感心してしまう。
いつか韓国人の友人に飲み会で髭の件について率直に質問してみたのだが「現代の韓国人で髭を生やすのは「カンペ」と芸能人だけですよ」と笑われてしまった。「カンペ」とは所謂その筋の怖い人たちの事である。
韓国滞在中の休日に街をブラブラしたことは何度もあり、店先や食堂で下手な韓国語を話す筆者を見て、韓国系の米国人だろうと言われたことは何回かあるが、「カンペ」だろうと言われたことは一度も無い。最も「カンペ」と見られたのであれば好んで話しかける人は居なかったのかも知れないのだが。何となく思い当たる節もあって今でも苦笑してしまうのである。
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当時は船舶レーダーの設計開発の仕事に携わっていたのだが、ある時開発完了して間も無く顧客に納入した大型レーダーがインド洋沖で故障し、シンガポール港に入港するからついでに修理してくれという話が持ち上がり、私に行って来いという命令がでた。通常は船舶に装備したレーダーは社内に専属のメンテナンス部隊がいて、問題があると逐一対処するのだが、何しろ新型なので修理出来る技師がおらず、開発部隊の私にオハチが回ってきたのである。現地では販売代理店の現地人技師が案内するから何とかなるよとの上司の気休めの言葉を貰って出かけて行ったのだ。
何しろ当時は1ドル360円の固定レート時代で、海外に出るのも初めてであったので多少心細いが、何事も経験だと諦めて羽田から飛び立った。船の入港待ちをする場合は、何かの運航トラブルを見越して滞在時間を多少長く取る。案の定入港は2~3日先になりそうだという代理店の案内人の話に、どうやって時間をつぶすか議論していると「私の友人に船舶用の通信機を工業高校で教えている先生がいるから、丁度良い宣伝になるので彼の高校で生徒たちに専門家として船舶レーダーの実地教育をしてみよう」と言うことになり、サッサと話をつけてしまった。
仕方なく次の日に工業高校で生徒たちに技術的なレクチャーをしたのだが、生徒達は皆真剣な目で私の話を聞き、技術的な質問も盛り上がったりして彼らの熱心さに感心したものであった。
工業高校の先生の名前を仮にT君とする。彼は多分マレー系の人種で非常にフレンドリーであり、その後10日あまりの滞在中、毎晩彼との酒盛りに付き合わされることとなった。
その日の仕事が終わりホテルで寛いでいると決まってT君からお誘いの電話が掛ってくる。暇を持て余し特に断る理由が無いので毎晩付き合うのだが、流石にT君は現地に明るく、女性の居るサロンのような店も含めて、安くて美味しい店を心得ている。一週間以上も同じ人間と飲みまわっていればすっかり打ち解けてしまったのは仕方がない事である。
そこである日「なんで俺ばかり誘うのだ」と聞いたところ、「現地人で酒を毎日飲み歩く趣味の持ち主は極て少数で、T君が毎日繰り出したくても相手がいない」「筆者さんは風貌も中国人と変わらないし酒や遊びにも付き合ってくれるので貴重な友人となった」などと煽てられた。逆にT君のお陰で初めての海外出張もストレスなく楽しめたのであった。
それから二年ほどしてT君が日本に遊びに来た。筆者はT君に日本での住所・電話番号等の個人情報は渡して無かったのだが会社名だけは覚えていたらしく、彼は会社の代表番号に電話して「船舶レーダーをやっているヒゲに繫いでくれ」と交換に頼んだらしい。見事に一発で私のもとにつながり、彼と日本で旧交を温める事ができたのであった。
この件が原因かどうか定かではないが、それ以来現在まで髭は筆者の顔の一部に組み込まれたままになっていて、自身も含めて髭の無い筆者の顔を覚えている者ももう居ないだろう。
また近年になってからの事であるが、インチョン空港で日本へのフライトを待っていた筆者をちらちら気にして見ている浅黒い顔の髭面の男性がいた。気にも留めていなかったのだが、かれは意を決して私に話しかけてきた。「あなたはイスラム教徒の方ですか?」違うと答えたのだが「なんでそう思ったの?」と質問すると、彼はマレーシア人でイスラム教徒であり、たまたま韓国の空港でヒゲ親父を見つけたので不思議に思って質問したのだと言う。「イスラム教徒でヒゲが無いとゲイに間違われるんだよね?」と言うと大笑いされた。
さて、現代の韓国内で髭を生やしている韓国人男性を見かける事は殆どないし、S電子の様な大企業ではなおさらである。従業員数は相当なはずであるが筆者の知る限りでは過去に3人しか見かけなかった。名前は忘れたが一人は研究所の常務クラス、もう一人は無線事業部の30代半ばの専任研究員(課長代理クラス)である。韓流ドラマの時代劇などを観ると、当時の貴族クラスの「ヤンバン」などは全員髭をたくわえているのだから少々妙な感じがする。
国民の殆どが自身の家系は「ヤンバン」の家系だと信じている韓国人にとっては、現代において髭をたくわえても何ら差し支えないと思うのであるが真相は判らない。儒教社会の韓国では、自分より職位が高い上司が髭をたくわえていないのに、部下が髭を生やすなどもってのほかだという不文律でもあるかの様でもある。そう思うとS電子で見かけた髭は相当の覚悟があっての髭なのかと感心してしまう。
いつか韓国人の友人に飲み会で髭の件について率直に質問してみたのだが「現代の韓国人で髭を生やすのは「カンペ」と芸能人だけですよ」と笑われてしまった。「カンペ」とは所謂その筋の怖い人たちの事である。
韓国滞在中の休日に街をブラブラしたことは何度もあり、店先や食堂で下手な韓国語を話す筆者を見て、韓国系の米国人だろうと言われたことは何回かあるが、「カンペ」だろうと言われたことは一度も無い。最も「カンペ」と見られたのであれば好んで話しかける人は居なかったのかも知れないのだが。何となく思い当たる節もあって今でも苦笑してしまうのである。
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